5月16 小布施  

 善光寺 2日目


7:30自宅>春日井IC>中央道>岡谷JCT>長野道>更埴JCT>上信越道>小布施スマートIC>小布施>1:10〜2:20岩松院>善光寺>6:20ホテル402k




SAより恵那山                         中山道「中津川宿」




伊奈市小黒川PAから北アルプス


 

更埴JCTで事故渋滞(11:45〜40)>>右)小布施スマートIC(PAを使用すると出れないのには驚いた)


 

長野電鉄を横切り小布施のPに




曹洞宗・梅洞山岩松院 葛飾北斎や俳人小林一茶、戦国武将・福島正則ゆかりの古寺です


 

何かお茶目な仁王像


 

山門をくぐり




岩松院』本堂 戦国の武将、福島正則の菩提寺としても有名




天井画の説明を受けている団体客がいるので本堂の裏から・・・


 

福島正則は元亀天正年間の戦国武将 豊臣秀吉の重臣として賤ケ岳の戦いでは「七本槍の第一」と称されました。


  

また関ケ原の合戦でも勇名をはせ、広島城(49万8千石)の大大名になりましたが!


 

幕府の謀略により元和5年(1619)秋、この信越地方(4万5千石)に国替えさせられました。




シャガ群生が華やかなようで、寂しさも感じられます!




裏庭に小林一茶が読んだ「カエル合戦の池」 やせ蛙 負けるな一茶 是にあり
一茶が病弱なは初児仙太郎を思って読んだ句”カエル合戦の池”仙太郎は1ヶ月足らずで死ぬ。このとき一茶は54歳であった(生家が近い)。


一茶直筆の句碑の拓本

春の花見が終わる頃になると、裏庭の小さな池に大人の手のひら大のアズマヒキガエルがいずこともなく集って来ます。
メスの産卵をオスが手伝うためですが、メスが少ないために奪い合いとなって合戦となります。
 晩年は不遇であったのかな?




福島正則 長野県上高井郡高井村⇒越後国(魚沼郡)に移された




葛飾北斎八方睨み鳳凰図 葛飾北斎88歳から89歳にかけての作品といわれています。 天井絵は21畳ほどの大きさである。




何気なく寺宝が飾られて


 

全てに会ってきました


善光寺へ