![]()
9:00Tadono邸>11:15〜13:10鄙茅屋ひなかや125k>13:20〜14:30神宮寺>4:30〜5:30区役所>丸亀うどん>自宅258k
![]() |
![]() 女人高野・丹生山神宮寺(丹生大師) 江戸中期再建の本堂、大師堂以下多くの堂宇が並ぶ。 高台より |
![]() 仁王門 2019年10月落慶法要 |
![]() 江戸時代前期の作で、今回の修復作業で傷んだ箇所は直しベンガラ(弁柄)色(水銀を使った色)に修復。 身長3m! 丹生山の丹生は銀山のことであり、有数の鉱山があった。 弘法大師も関係していたかもしれない? |
![]() 『弁財天』 |
![]() 勤操(ごんぞう・かんそう)大徳は空海の兄弟子とされている僧である。 |
![]() 弁財天も弁柄色 |
![]() 左)客殿 右)鐘楼と護摩堂 |
![]() 閻魔堂の内部 |
![]() 六角の塔に祀られた六道は初めて見ました(いたるところにベンガラが) |
![]() 隣に建つ丹生神社 丹生村(現勢和村)は、字のとおり丹砂(辰砂しんしゃ)(水銀)を産出する所として古くから知られる 聖武天皇が東大寺大仏殿の建立のさい、水銀の産出をこの地の神に祈った。 |
![]() 左)本堂 右)薬師堂 |
![]() 本堂内)本尊の十一面観音像は見えません |
![]() 開祖勤操大徳作 |
![]() 登りやすいように手すり付きの階段が・・・ |
![]() 『大師堂』 宝亀五年(774年)弘法大師様の師匠である勤操大徳が開山され、その後時を経て、弘仁四年(813年)弘法大師様が伊勢神宮御参拝の途中、この地を訪れた際に来山され、御自分の師の開創された寺である事を知られると、「我は高野の聖地に、真言密教の根本道場を創立する誓願を建てているが、まずこの地に諸堂を建立し、庶民の苦悩を救わん」と言われ、弘仁六年(815年)に至って七堂伽藍を建立完備されたとされています。 |
![]() |
![]() |
![]() 丹生都姫神社子孫繁栄を表す(母なる古木より生まれし子) |
![]() 丹生都比売大神(にうつひめのおおかみ). 伊勢神宮に祀られる天照大御神の妹神で、稚日女尊(わかひるめのみこと)の事。 |
![]() |
![]() 高台にあった祠 |
![]() 西国33観音のお砂があり、ここで全部回ったことになります。 |
![]() 古くから「丹生水銀」の産出地として裕福な地であり、江戸中期までは民皆裕福なりの地であった。 |
![]() 初体験のうどん屋で夕食! 会計を済ませずテーブルに着いた二人(このまま出たらただでした)自己申告しました。 |
温かい良い天気に恵まれた一日でした