2月22日 神宮寺  

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女人高野・丹生山神宮寺(丹生大師) 江戸中期再建の本堂、大師堂以下多くの堂宇が並ぶ。 高台より




仁王門 2019年10月落慶法要


  

江戸時代前期の作で、今回の修復作業で傷んだ箇所は直しベンガラ(弁柄)色(水銀を使った色)に修復。  身長3m!
丹生山の丹生は銀山のことであり、有数の鉱山があった。 弘法大師も関係していたかもしれない?


 

『弁財天』




勤操(ごんぞう・かんそう)大徳は空海の兄弟子とされている僧である。


  

弁財天も弁柄色 


 

左)客殿                右)鐘楼と護摩堂


 

閻魔堂の内部


 

六角の塔に祀られた六道は初めて見ました(いたるところにベンガラが)


 

隣に建つ丹生神社  丹生村(現勢和村)は、字のとおり丹砂(辰砂しんしゃ(水銀)を産出する所として古くから知られる
聖武天皇東大寺大仏殿の建立のさい、水銀の産出をこの地の神に祈った


 

 左)本堂                           右)薬師堂


 

本堂内)本尊の十一面観音像は見えません


 

開祖勤操大徳作


  

登りやすいように手すり付きの階段が・・・




『大師堂』
宝亀五年(774年)弘法大師様の師匠である勤操大徳が開山され、その後時を経て、弘仁四年(813年)弘法大師様が伊勢神宮御参拝の途中、この地を訪れた際に来山され、御自分の師の開創された寺である事を知られると、「我は高野の聖地に、真言密教の根本道場を創立する誓願を建てているが、まずこの地に諸堂を建立し、庶民の苦悩を救わん」と言われ、弘仁六年(815年)に至って七堂伽藍を建立完備されたとされています。





 




丹生都姫神社子孫繁栄を表す(母なる古木より生まれし子)


 

丹生都比売大神(にうつひめのおおかみ). 伊勢神宮に祀られる天照大御神の妹神で、稚日女尊(わかひるめのみこと)の事。





 

高台にあった祠


 

西国33観音のお砂があり、ここで全部回ったことになります。


 

古くから「丹生水銀」の産出地として裕福な地であり、江戸中期までは民皆裕福なりの地であった。


 

初体験のうどん屋で夕食! 会計を済ませずテーブルに着いた二人(このまま出たらただでした)自己申告しました。


温かい良い天気に恵まれた一日でした