12月14〜15日 三島スカイウォーク 



13日(日) Pm6:00高見>名古屋IC>東名>三ヶ日JCT>新東名>長泉沼津IC>9:10スーパーH長泉沼津235Km


 

    新東名の遠州森PAで休憩(お茶の美味しいPA)                 ホテルは今年2度目の利用


 

天然温泉のあるホテルなので少し急ぎました(女性がPm9:50まで)その分、ゆっくりできたかな!



14日(月)  Am8:50スーパーホテル>R136>9:30=10:30韮山反射炉>10:35〜11:30江川邸>R136
>伊豆縦貫自動車道>R1>12:15〜13:30三島スカイウォーク>R1>4:40H・シーラックパル焼津125k(360k)


 

お値打ちのホテル料金(¥6970・2人分) 無料朝食をしっかり食べて観光です
三島スカイウークのオープン時間を調べてもらったら10:00と知らされたので、回る順序を変更した。




伊豆縦貫道の看板を見て左折! 直ぐ分岐があった>カーナビ通りの左の道へ進んだら下道で走ることになってしまった。
カーナビには縦貫道が入っていない?・・・町の景色を見ながら伊豆の国市へ走ることに・・・


 

静岡の雨予報は夕方と・・・韮山反射炉の案内板が出てきました




紅葉が残る山麓にレンガ造りの反射炉がそびえる? 思ったより小さいなー!

佐賀藩や薩摩藩をはじめとして、幕末期の日本では各地に反射炉が作られました。当時のままは、萩と韮山だけです。
特に韮山反射炉は、実際に稼働し、大砲を鋳造した反射炉であることが特徴です。




幕末期、欧米諸国の開国要請に対抗して、日本(江戸)を守るために、韮山代官であった江川太郎左衛門が、
幕府に進言して築いた金属溶解炉。 品川沖に作られたお台場(砲台)に据えるための大砲を数百門鋳造した。

安政4年(1857年)に完成し、大小の大砲数百門を鋳造した使用できたのは3門のみ? 元治元年(1864年)に使用中止!




炉体と煙突が、完全な形で現存している日本唯一の産業遺産で、
国指定史跡であるほか、ユネスコ認定の世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」にも含まれる。




反射炉の築城技術はオランダ語の原書を読んでの試行錯誤に感心させらえました




ボランティアの方の軽快な語り口調が面白く良くわかりました
何度もレンガが割れて、1500度〜1600度に耐える耐火煉瓦を作るのに考えられたのが噴火灰でした。




反射熱を利用して溶解温度まで上げたのには驚きです







鋳台』  大砲の鋳型に4カ所の出湯口から一か所に集まるように設計されている

15.7mが最適な高さを知り、大砲を造り上げた(日本を守る)使命感にただただ感服しました。




溶解炉の内部


 

人間の目で熱度を保つのは日本刀を作った経験が有る加治屋さんかな?




鋳造された大砲の筒は鉄の塊なので穴を日本刀の鋼で一門作るのに33日かけてくり抜いた(刃が欠けたら交換して)そうです




銑鉄を高熱で溶かして大砲を造った反射炉。この銑鉄を溶かすだけの高熱を発生できる仕組みが反射炉の特徴です。
ここで造られた大砲がお台場に並べられたそうなんです。 品川沖に大砲を向けて!

使用可能な3見かけ倒しの不良品数百問を並べて、外国船にこれだけの数で防衛しているぞと見せかけに使用。
江川太郎左衛門の先見な目が日本を諸外国から守もったのである。小さく見えた反射炉はとてつもなく大きなものでした。




江川邸は、伊豆の国市韮山にあり、関東一円を治めていた代官屋敷です。
主屋・蔵・門・ 塀などの建物や、保有する古文書などの資料は、国の重要文化財になっています。
NHK大河ドラマ「篤姫」・映画「山桜」・日曜劇場「JIN−仁」など、 ...




江川家の菩提寺が見える場所にあります
『枡形』 代官が用事で出かける時、この広場で人員をそろえた(一般には、戦国期の城での防御と出撃に備えた広場をいう)
 坦庵公は、外国の侵略にそなえ、農民の兵隊(農兵)を組織し、この広場で訓練をした。




36代江川太郎左衛門(坦庵)は名代官として知られ、海防の必要性から沿岸測量、 韮山反射炉やお台場 の建設、
わが国最初の様式帆船建造や種痘の実施、パン製造 など多大な業績を残しました。 邸内には「パン祖の碑」が!




母屋から見た山門・・・山門から母屋を見ると正面にならないよう角度が替えてある(弓矢が真っ直ぐ飛んでこない様に)




左は台所への入口で、右に倉庫が3棟見える建長年中(1250年)より、江川家では、
井戸』 酒造を営んでいたといわれるが、古くから酒造用や生活用水として、利用してきた。



 

ひとたび、江川邸に足を踏み入れると、まるで時が止まったかのような光景が広がっています。
土間』  赤土、砂、石灰に苦汁にがりを加えてねり、たたき固めたので「たたき」といわれ、 三和土と書いた。


  

 生き柱 礎石がなく、削り方が他の柱と違うなどに気付く。 文化年間の修理の時、不審に思い根元を130cmほど掘り下げたが、途中であきらめた。 江川家がこの地に移り住んだ時に、生えていた欅をそのまま柱として利用した、大事な柱であった。



小屋裏は、たくさんの桁・ 貫で組まれ、くぎや、ねじ類を使わない柔軟工法が耐震構造となっている。 




棟札箱』 家が建てられると、その年月日などを記して納める箱。
この箱には、日蓮聖人が、江川家が火事などにあわぬようにと書いた防火符が納められています。

 16代英親(1261年)の時であり、その後754年間この家は火災にあっていないそうです。



  

貴重な歴史的資料が展示




関東一円を治めていた代官屋敷「江川邸」は、江戸時代初期の、慶長5年(1600年)頃建てられたこの主屋です。


 

     左)パンを焼いた窯                       右)入り色な職人に変そうして諸国の情報を得ていたして
外国と戦争になった時、兵隊の食料を確保することは何よりも大切と考え、保存のできるパンを焼くことを思いつき、
長崎のパン職人「作太郎」が江戸に来たことを知って、手代の柏木忠俊に、その製造法を学ばせた。


 

南米蔵』 明治25年に建築された米蔵である。 『北米蔵』大正8年に建築された。
南北米蔵は置屋根、下見板が取り外しできる作り方になっている。(平成12年解体修理)



  

南米蔵の中







古くは茅葺かやぶき屋根であった。門扉の表側には、多くの凹んだ跡があるが、指をさし込むと鋭い金属に触れる。
 天正18年(1590年)、秀吉の小田原攻めで、韮山城の砦であったこの屋敷も攻められが、その時の銃丸や矢じりの跡である。

 

  

裏門と新たに発掘調査が行われている畑?

全国より砲術を学びにきた多くの若者が、パン焼き法を身に付け、それぞれの国に帰った。 
全国パン協議会では、坦庵公が西洋式パンを全国に広めたこの功績を称え、昭和28年にこの碑を建てた。




朝9時予定でしたが、10時オープンなので順路を変えてPm12:15到着! それでも人出は多いです。




箱根西麓・三島大吊橋は箱根と伊豆の中間に位置し、大吊橋の上からは富士山と 駿河湾の絶景を眺めることができます。


 
箱根西麓にできた新たな観光施設『三島スカイウォーク』 日本最長400mの人道大吊橋。
 

風は強かったが揺れはたいしてありません   『メインケーブル』 外径47.5mmのケーブルを7本束ねたものを2組使用




風による横方向の変形やねじれが大きく出易い性質があります。その変形や振動を抑えるために耐風索を設けています。





一番の見どころがありません¥1000が高く感じられた。  富士山が見える景色はこんなんです




吊り橋の中間点から谷底をのぞくと・・・またここは強風で帽子が飛ばされてしまう程です


 

橋の下から仰ぐと・・・




主塔』 ケーブルから伝わる力は、一つの主塔で約660tにも達します。その力を支えられるように、
直径約1.4m、厚み23mmの円形鋼管を曲げて主塔を作っています。一つの主塔で約80tもの鉄を使っています。


 

花の種ついた円形のチップを¥200で買い求める







吊り橋の中間点からWOOD CHRRMを投げると、谷底に向かってフラフラと舞い落ちていきました。 森に根ずくといいですね!


   

   投げたWOOD CHRRM 黄色の張り紙に花の種が  テレビ局の人達が取材に・・・富士が出ていないので、ごらんの通りです。







園内ショップに立ち寄ってみた。  ガラスの壁面を利用して2人の写真を・・・




ガーデン内は埋め尽くすような花のシャンデリア・・・テーブルの上にある大根は自分家(ち)の土産


 

Pm2:00 遅いランチは回転寿司でも、魚が新鮮なネタとゆうことで入りました。




夕焼けを眺めて右を向くと、家康が祀られた久能山といちごハウス。


 

『H・シーラックパル焼津』 数えてみたら部屋の数は60・・・二つめのベットは奥にあるソファーを自分で組み立てました。


 

焼津駅前の魚民に入った・・・出てきた食事でなく、水とお茶(頼まないと出てこない)のコップが凄く生臭いので食欲も半減!
会計で「えっ!」・・飲まないので付け出しの出ない席料にビックリ(一人¥400なんですね)。飲まないときには居酒屋はだめ!




寂れた繁華街を歩いていたら、小さな川のイルミネーションが目に飛び込んできた。


 

裸婦象の前・・・反対側には竜宮城、しかし乙姫様はいません?




JR焼津駅前のイルミネーションを見ていたら、薬局がコンビニもやっていたので入店。 口直しのスイートを買いホテルに戻る。


15日へ