2012年9月11日 高野山 


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高野山の入口にそびえ、一山(いっさん)の総門である『大門』 左右には運長作の金剛力士像が安置
高野山は「一山境内地」と称し、高野山の至る所がお寺の境内地であり、高野山全体がお寺なのです。
一山を「金剛峯寺」(こんごうぶじ)と命名した。




高野山の信仰の中心であり、弘法大師が御入定されている聖地です。 高さは25.1m




和歌山県高野山は標高約1,000m前後の山々の 総称
平安時代の819年頃より弘法大師空海が修行の場として開いた 高野山真言宗(密教)
比叡山と並び日本仏教における聖地である




雨の心配をしていたが、傘は杖替わりに、大杉が連立する参道を歩く。

密教とは秘密の教えである。 一人の師匠に一人の弟子が教えを請い、
遣唐使で唐に渡って密 教を学んだ空海は、帰国後、密教を体系的に整理し「真言宗」を一般の人々に広めた。
空海は異端児であったのか?詳しくは各自調べてみてください。




奥之院弘法大師御廟(ごびょう)に一番近い橋を「御廟橋」と言う。
「ごびょうのはし」とは読まず、「みみょうのはし」

渡る時と、帰りに渡り終えた時には頭を下げる「アッ忘れた!」 南無〜!


 

『燈籠堂とうろうどう
堂内には消えずの火として祈親(きしん)上人が献じた祈親燈(きしんとう)、白河上皇が献じた白河燈
祈親上人のすすめで貧しいお照が大切な黒髪を切って献じた貧女の一燈(いっとう)が、1200年燃える。

即身仏となった弘法大師空海の御廟(病死して荼毘に付したともいわれている)
即身成仏(そくしんじょうぶつ)は、仏教で人間がこの肉身のままで究極の悟りを開き、仏 になることである。
即身成仏の思想は、主に真言密教の教義であり、真言宗において説 かれる。
空海の『即身成仏義』により確立される。




雨が降ってきたので、セルフのお茶をいただく。 「大窯は空っぽかー!」とのぞくTakadono氏




柿の葉寿司           麺が細い「五島うどん」          精進巻きずし




『霊宝館』 \600

空海は「この世の一切を遍く照らす最上の者」(=大日如来)を意味する
遍照金剛
(へんじょうこんごう)の灌頂名を与えられた


  

平清盛が頭の血を混ぜて描かせたと伝える血曼荼羅

曼荼羅』とは仏教において「聖域」「仏の悟りの境地」の意味




高野山の本堂は、大伽藍にそびえる「金堂」が一山の総本堂になります。
金堂の奥(北)に植えられた「三鈷の松」を見に急ぐ、赤い「根本大塔」の西側です。




弘法大師が唐より帰国される折、真言密教をひろめるため、日本へ向けて法具の三鈷杵(さんこしょうを投げた。
雲に乗って飛んで行った三鈷杵は高野山のこの松が引っかかっており、三鈷杵と同じく三葉の松であった。
そして「三鈷の松」として祀り、この地こそ密教をひろめるにふさわしい土地であると決心する。




金堂の正面手前の一段低い所に、礎石のみを残していたが、現在『中門』の再建作業が進んでいました。

奥之院のほとりにある「みろく石」(重軽石)にちなんだ、かさ國を代表する銘菓?


高野山から橋本市へR371を下るも、とんでもなく時間がかかった(道路が狭ばい)