2011年 東福寺高桐院 



6:40高見>東海大橋>8:15関ヶ原IC>名神高速>8:35多賀SA>京都東IC\1350>10:00〜11:00東福寺>
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奈良最大寺院「東大寺」と隆盛を極めた「興福寺」になぞらえて計画された寺院であったため、
大寺と興寺から一字づつを取り、『東福寺』と名付けられた。



東福寺無料のPが1台だけ空いていた「よしっ!」   眺める角度を変えて撮ればそれなりの紅葉




臥雲橋(がうんきょう)より東福寺の通天橋を眺める(奥の紅葉は散っていました)   
足元を流れる洗玉澗(せんぎょくかん)に目を向けた




通天橋へ\400     少し紅葉には遅かったが落ち葉がきれい!


 

東福寺には、洗玉澗という渓谷があり、渓谷には3本の橋が、
西から、臥雲橋、通天橋、偃月橋(えんげつきょう)と呼ばれる「東福寺三名橋」。 




通天橋から臥雲橋




屋上に閣を持つ類例を見ない「開山堂」の庭園は江戸中期の名園




普門院の庭
一面に広がる大海を表現した白砂の中に亀島と鶴島が浮かび、格子状の砂紋が無限の海を?


 

通天橋下を流れる「洗玉澗」を囲むように落ち葉が続く




どこを見ても枯葉の絨毯




東福寺本堂に幼稚園児が手を合わせ南無〜!




本堂天井の「蒼龍図」は、堂本印象の作。
龍はお釈迦様の説法を助けると言われることから、本堂の天井に描かれることが多いそうです。


 

大徳寺の塔頭『高桐院』 慶長6年に細川忠興(三斎公)が父のために創建した細川家の菩提寺である

 


客殿(本堂)と庭園




本堂から庭園を眺める




『静けさに肩引き寄せて散りもみじ』

 
 

千利休が切腹をしたと言う書院「意北軒」は千利休邸より移築。  右)二帖台目の名茶席「松向軒」

 
 

ガラシャ夫人(明智光秀の三女?)が眠る燈籠墓石の奥が細川家の墓
この燈籠は利休秘蔵の天下一の称であったが、秀吉と三斎公からほしいと言われたが、
1/3を欠き断る。しかし千利休が切腹の際、あらためて細川三斎公に遺贈した




『袈裟型おり蹲踞(つくばい)』 蹲踞は、地表低く納められているためこう呼ばれているとされている。
秀吉の家臣加藤清正が朝鮮王城の羅生門礎石を持ち帰り三斎へ贈ったもの。
三斎はこの蹲踞を熊本から江戸への参勤交代の時にも持ち歩いたと説明されている。


  

疫神(えきしん)を祀る『今宮神社』参拝  健康でありますように!




参道のあぶり餅屋さんで昼食(車の無料券をくれます)




何度食べてもおいしい!・・・15本で¥500
きな粉をまぶし、甘みそを付けて炭火で焼く。焦がすと香ばしいと言っていたがきつね色が良いが?




大原(土井しば)で・・初めての漬物定食(山盛りの柴漬けが口に合わない)と、おいなりさん。

 
琵琶湖大橋に近い東にある「鮎屋の郷」のトイレで驚いた。
建物の大きな柱がLの字に便器の半分(体を中心に右側)に隙間20cm空けて迫っていた。
至難の業のトイレであった。是非お寄りの時は体験してください。

琵琶湖湖岸道路を彦根方面に向かうと、反対車線で車の取り締まりをしていた。
冬至前の陽が傾いた夕暮れは眩しくて前方が良く見えない! 警察も悪だのう?


帰りは一般道を使いゆっくり帰ってきました