2011年12月6日 禅隆寺(名古屋市東区) 戻る



Am8:30>8:40〜9:20禅隆寺>9:50〜10:15黒川樋門(ひもん)>10:20〜羊神社>11:30高見

 


8:30 千種駅に集合した理容婦人部の見送りを済ませ、Osima氏とイチョウ並木の桜通りを横断。




尾張徳川家ゆかりの寺『禅隆寺』で紅葉を堪能しました!
尾張徳川家8代:9代の御生母の菩提所

 



門をくぐると目に付く大きなモミジを透かし建つ本堂   臨済宗・妙心寺派




本堂前の枯山水庭園「山水菩薩庭園」は街中では珍しい
中央の石橋を流れる川により、世界が2つに分けられ、左が現世、右が極楽浄土。
その中央の高い石が観音菩薩、苔は山の木々を表しているそうです。




1623年創建当時のまま残った『観音堂』




左の薬師像は新しいが奥に鎮座された仏像は黄金色↑に囲まれ年代を感じる。




388年前に描かれた天上絵




仏教の心構えを表す「枯山水」と「観音堂」を見る




晴れていればもっと素晴らしかったのに  Osima氏撮影




創建当時の石造りの塔に時を思う







Osima氏撮影     京都に来たようだと仰ぐ




R19号赤塚交差点の「神明社」1616年創建?に参拝して北区三階橋に向かう




御用水跡:明治(昭和55年復元)
黒川樋門(ひもん)石造:庄内川から黒川(堀川)へ用水を引くために設けた樋門(ひもん)
矢田川の地下を通り、ここから黒川へ流れ込む。




3連の樋門に2つの石段があり、巻上機の上屋は木造で復元されています。


ピラカンサ

明治9年に造られた用水分水の池。ここから5本の用水に分水されていた。
S.52年にポンプ所建設に姿を消し今は庄内用水と御用水路が残る。




庄内川から矢田川の下をくぐり黒川樋門へ(用水門の取り入れ部分が見て取れる)
1663(寛文3)年夏、庄内川の水を名古屋城の内堀に引き入れる目的で掘削された用水路で、辻村用水ともいった。
その水路は、志賀・田幡村の南を経て御深井(おふけ)御庭の東北隅から場内に入り、さらに幅下、堀川に達していた。
 1876(明治9)年、この御用水に並行して黒川が開削された。




庄内用水(樋門より上で分水)は三階橋新築と合わせて改修中でした(後ろがポンプ所)


 

『羊神社』 樋門近くに珍しい名前の神社があるとOsima氏に教えられ寄ってみた。
1838年再建の本殿が現存する由緒ある社。辻の地名は、ひつじのつじに由来すると伝えられる。




手水場には羊の口からお水が出ていた  拝殿の奥に本殿




黒川を見下ろすように冬桜が咲き誇っていた


Osima氏の愛車が走る