2011年5月23日 中山道・弁財天の池 


11:15高見>愛岐道路>多治見>R19>釜戸町>1:00大湫宿>2:30弁財天の池>2:45細久手宿R19>5:00高見120k

 


復元した「高札場」は 「大湫宿おおくて」の西外れ




神明神社は慶長年間(1596〜1614)に創建。神社前にある「神明の杉」 樹齢1300年 幹回り10m 高さ60m

 


落雷で落ちた木片の厚み6cmに、年輪150年が良くわかる。

 


竹製のトンボがバランスを取る(滋賀県針江町のトンボのがリアル)            山車も保存されている

 


江戸から数えて47番目の宿場町『大湫宿おおくて』1600年代初めごろ整備された。
 大久手とも書かれるが、「くて」とは、沼地や湿地帯ことをいう。

 


小学校(廃校)は、かって本陣があった場所で、皇女和宮降嫁(14代将軍・徳川家茂へ)の際の宿。
*降嫁(こうか)とは、皇女が皇族・王族以外の男性に嫁ぐこと。
遠ざかる 都と知れば旅衣 一夜の宿もたちうかりけり 思いきや 雲井の袂ぬぎかえて うき旅衣袖しぼるとは

 


江戸時代末期の建物で、旅籠だったという三浦家と森川家。 国登録有形文化財

 


珍しい「虫籠むしこ窓」の家*静かな宿場だが見どころはある長湫宿でした(雨の為見落としが多くあり)

 


旅の安全祈願と道標の役割もしたのだろうか(雨なので車の中から撮影が多くなる)

 


安藤広重の版画にも描かれている大湫の二つ岩の一つ「母衣石」・・ちょっと桃ぽいぞ




S.45に江戸時代のままの石畳道)が約700m確認され、当時の峠道に復元・整備(現存日本一長い)
1.5mほどの狭い石畳を和宮一行数千人が越えていったのである。

 
 


弁財天の池」 あれー?カキツバタが咲いていない!




水連をまたぐ様に、幅の狭い石橋を渡ると弁財天が祭られている*カエルの声が静寂を破り鳴いている




ここの弁天様は琵琶ならぬ八臂(はっぴ)の立像  手が8本

 


歴史を歩き歴史を撮る歴女

 


カキツバタは少し早すぎた(立て看板の写真を掲載)

 


街道には珍しく一里塚が多く残る

 


江戸から数えて48番目の「細久手宿」 町並みに当時の面影は少ないが、
本陣であった「大黒屋」築150年(今でも泊まれる)の建物が、当時の宿場の雰囲気を残す。

 


細久手宿は、大湫宿と御嵩宿の間が4里半と長いので、1610年に新しく開かれた小さな宿場である。

 


庚申こうしん
庚申待の祭神の青面金剛(しょうめん)を祭ってある堂


 

古い石造物が多数あり



歩いて回りたいが何時も車で残念