2009年3月31日 栄国寺 


Am8:30自宅>自転車>栄国寺(名古屋市中区橘町)>自転車>10:30自宅>11:30〜12:30花見

3月に訪れた長崎、見聞きした不幸な歴史が多すぎた・・・新聞の片隅で見つけた当寺へサイクリング




清涼山栄国寺(西門)*東別院北にあり
ここは、もと千本松原と言われた処刑場で、1664年隠れキリシタン200余名が処刑された場所。
二代藩主の徳川光友は刑場を他に移して菩提を弔うため清涼庵を建て、後に栄国寺と改まる。




栄国寺(南門)併設には『まつばら幼稚園』の園児が走りまわる平和な時が流れる




切支丹塚(右)。火災には免れたが地震で折れた跡がのこり、
左奥には顕彰碑が、切支丹の受難と寺のあらましが刻まれる。




本堂》 切支丹博物館(個人収集の域です)併設


 切支丹灯ろう足が十字

尾張藩二代徳川光友建立の寺には葵の紋がさん然と輝く




鐘楼から記録の一枚




切支丹博物館内 \100




雲仙温泉地獄での切支丹処刑が思い出される




阿弥陀如来坐像は名古屋三大仏の一つで、(火除けの「火伏(かぶせ)不思議の弥陀」とも呼ばれている。




微笑阿弥陀如来・・・こちらもどえりゃー仏さんだわなも!
釈迦如来立像(鎌倉時代寄木造り)は国宝級なのに作者は不明・・のどの部分には胎内仏と鈴が隠されている




刺繍涅槃図1673年作仏画(名古屋市有形文化財)  全国に5点しかなく2番目に古いねはん図




《橘公園》・・・新刀試しに供した場所。
おためし場腑分けの跡』1854年名古屋で初めての人体解剖(腑分け)がおこなわれた場所




下茶屋公園』 江戸時代の大名庭園の形式を残す。
古渡城(信長が13歳で元服した城)の堀跡を利用(東本願寺名古屋別院に隣接)


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