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9:25熊本空港>10:30熊本城60分>熊本港〜〜フェリー60分〜〜島原外港>島原武家屋敷60分>16:00雲仙温泉(泊)
![]() 80分のフライトで熊本空港へ無事着陸 |
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![]() メイトの目印に34名参加(どんな人が・・) 熊本電鉄バスに乗り込む |
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9:40添乗員は『笑顔の野曾さん』の挨拶からスタート |
![]() こちらはカメラ・カメラのスタートです |
![]() 挨拶を済ませたガイド「ロザンナ・甲斐久恵」さんのコース説明 ↑はGさん作成 注意は3つ*1)非常口の確認 2)走行中は窓を開けない 3)走行中は立って歩かない 何か質問!文句!はあるか??一瞬間が空き、「ガッハッハー」笑い声が車中に広がる・・・ |
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市電は市民の足で何処まで乗っても\100 県の木『クスノキ』 |
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![]() 《長塀》 東(右端)の平御櫓(ひらおんやぐら)から西の馬具櫓まで約242mの塀が続く。 大きなミス>>長塀を再建した時に「鉄砲・弓矢」を打つ『ハザマ』(小窓)を作り忘れたお粗末さ。 |
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![]() 行幸橋(みゆきばし)にある加藤清正公銅像*ガイドさんの説明に首が右・左・右・左・左です。 《家紋》 戦には「蛇の目」、慶事には「桔梗」、文化的な事には「折墨」、用途により3種類を使い分けた。 |
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![]() みごとな石垣が、 戌亥櫓(いぬいやぐら)〜西大手門に渡って積み上げられて高さ10m、長さ165m 堀は空堀なんだが、雨水がたまってるー。西大手門は籠城100日持つと言われた。 |
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![]() 西大手門: 熊本城は西・南・北の3つの大手門を持ち、その中で最も格式の高い門です。 |
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![]() 「熊本城」 は数々の歴史ドラマの舞台となった、日本三名城のひとつである。 |
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![]() 戌亥櫓(いぬいやぐら):西出丸の戌亥(北西)の方向に位置する。 籠城に必要な水確保の井戸は多く掘られた |
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![]() メーンの頬当御門(ほほあてごもん)は2本の門柱の 上に貫を渡した“冠木門(かぶきもん)”という形式 |
![]() まずは記念写真 |
![]() 桜が咲き始めた熊本 |
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![]() 遠巻きにおもろい説明を聞きながらシャッターを押す |
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![]() 闇り通路入り口:5人のカメラマンが右往左往してます。車椅子のご夫婦は旅行が大好きです。 |
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![]() 『闇り通路』 御殿への正式な入口 本丸御殿は2つの石垣を跨ぐように建てられたため、地下通路ができた。 |
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![]() 熊本城は別名「銀杏城」ともいい、大銀杏(おおいちょう)に由来し。 清正が亡くなる時に、「銀杏の木が天守閣と同じ高さとなった時に、何かが起こる」と予言。 明治10年(1877年)西南戦争がおき、お手植えの銀杏は燃えたが脇芽が130年でこれだけの大きさに成長した。 清正は銀杏の実を食料とするために、城内に沢山植えた。 |
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![]() 右の小天守は大天守築後に増築され、景観を考えて西にずらして建てた。 加藤清正が幾多の実戦の経験を生かし、慶長6年(1601年)から7年かけ築城。 |
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![]() 『ひごまるくん』と記念写真(カメラマンは野曾さんです) 『若武者』と記念写真 |
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![]() 西(長崎)方面 西南戦争の激戦地「金峰山」が見えます |
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![]() 東方面:剣豪宮本武蔵は(1640年)57歳のとき、藩主細川忠利に招かれ、城内千葉城(何処かな)で晩年を過ごす。 |
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![]() 天守閣(後方は東) |
![]() 「大御台所」 2つの大きな囲炉裏があり、土間にはかまど |
![]() 《小屋組み》 復元で使用した木材は全て国産材で、檜や松を中心に、欅・栗・杉の5種類を使い分ける。釘はなし。 |
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![]() 最大の部屋「鶴之間」(60畳)から奥へ「梅之間」「櫻之間」「桐之間」「若松之間」と続く 一番奥に見える「若松之間」の絵、一番前は「老松之間」かな? |
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![]() 縁側は「広縁」「落ち縁」「濡れ縁」の3段に分かれ、幅は約6m |
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![]() 正面奥の「昭君の間」は実は「将軍の間」の隠語説も?さらに抜け穴伝説もあります。 加藤清正は豊臣秀頼に万が一のときは、熊本城に秀頼を迎え入れ、徳川に背く覚悟があった。 |
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![]() 安土桃山時代の栄華が残る.。 金箔が眩い! |
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![]() 右側の石垣の方が古い石積みの方法で、隅に同じ大きさの石を積み上げる「穴太積(あのうづみ)」。 左側奥の石垣は「算木積(さんぎづみ)」と呼ばれ、長方形の角石を左右交互に積んで、急勾配が特徴。 |
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![]() 清正流石垣と呼ばれる優美な石垣と、自然の地形を巧みに利用した高度な築城技術 |
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![]() 《宇土櫓うとやぐら》 加藤清正(かとうきよまさ)によって慶長期に建てられた。(国の重要文化財に指定) 本丸を全焼させた西南戦争の火の手を逃れ、建立当時の姿を残す貴重な木造の櫓です。 天守閣のように反り返らない直線的な破風(はふ)が特徴で、 三層五階に地下を備え、最上階は桃山の様式である高欄(こうらん)を残しています。 |
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![]() 靴をしまい急な本物の階段を登る登る やっと登りました。宇土櫓の天守から熊本城を・・ |
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1姫・2姫・3姫・4姫と急がすバカ殿 あちゃー!11時40分集合に2分遅れ、最後に乗り込む5人。 次からも「あのグループ」がと言われたらあかんがねー。1時間は厳し〜い! |
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![]() 大クスノキを眺めながらの昼食。 酔った変なおじさんが「確定申告・・・何とかかんとか」と寄ってきた。 |
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