日目 マレー鉄道列車の旅  

8:00ホテル>セントラル駅>マレー鉄道(2等席)2時間>プラウセバン駅まで車窓>マラッカ観光マラッカ川クルーズ
青雲亭寺院>オランダ広場>サンチャゴ砦>セントポール教会>ジョンカーストリート散策>ショッピング(雑貨店)>150km2時間半
>空港:19:15発クアラルンプール>VN680便>21:20着ハノイ乗継ぎ(約3時間待ち)00:15発>VN346便>帰国の途へ


  

最後の朝も早いAm6:30起床




旅行の最終日は食べ過ぎない様に気を配ります(太り過ぎに注意)




Am8:00発 今日はマレー鉄道に乗るためセントラル駅へ




シンガポールからバンコクまで2000km弱のマレー鉄道(タイ国鉄)の旅は鉄道ファンには人気のある路線です。




KLセントラル駅は2001年に開業した駅で、マレーシアの交通の中心となっています。
私達のツアーは クアラルンプールから南へ3駅目のプラウセバン駅まで乗りました。




改札を抜けいよいよ乗車です




車内(2等)は快適! 車窓の町並みは異国を感じさせてくれます。
車内販売は連結部近くの売店?までお客が買いに行く。 積極的に販売はしていない。




しばらくは物珍しさもありシャッターを押すが・・・




クアラルンプールのツインタワーが遠ざかって行く




楽しみにしていたマレー鉄道の車窓2時間はこれといった風景もなくてがっかりでした。もっと先の景色がいいんでしょうか?




プラウセバン駅に到着 冷房が効き過ぎていて寒かった〜! さー世界遺産マラッカ観光へ




クアラルンプールから先回りしてきた運転手さんのバスに乗り込んで出発・・・高速道の料金所がお国柄を出している。




地震がないのでレンガを積み上げて建てています。 土地も赤茶けているからレンガ造りも容易かも!


 

マラッカ川リバークルーズ
マラッカの歴史は、すべてこの川から生まれた」といいます。マラッカ王国の栄華はたった150年。


 

匂いはしませんがきれいな川ではありません・・・そんな川をのんびり下ります


 

いきなり遭遇した『マラッカ大トカゲ』 大型爬虫類が生息しているんですね。 大きくなると2mもこえるそうな!


 

20分間のリバークルーズに次から次と現れる多様な史跡は、まさに歴史の万華鏡です!




カラフルにアートされた建物と鮮やかな花の散歩道




遊歩道をのんびり歩く人たちを眺めながら時間を忘れます




派手な建物の色は、霧が出た時でも自分の家が分かるように塗ったそうです。


  

岸に上がり、展示されている当時航海に行き来していた帆船(この位置に上陸)の大きさに驚く!




バスに乗りツアー最後の食事「ニョニャ料理」に向かいます。




ニョニャ料理中国から来た男性とマレーの女性が結婚してそれぞれの文化が融合。
香辛料やココナッツで味付けされたマレー風中国料理といわれます。 食後はバスでオランダ広場へ・・




オランダ広場』 オランダ統治時代のレンガ色の建物が並ぶ、マラッカのランドマーク的な広場。
美しいサーモンピンクの広場にいると、まるで古都にタイムスリップしたかのよう。




噴水を中心とした広場にマラッカ・キリスト教会スタダイス(統治時代の旧総督邸)や時計台などが並んでいます。
1753年に建てられた、レンガ色の鮮やかなマレーシア国内最古のプロテスタント教会。オランダ建築の代表的建物。




マラッカ・キリスト教会』 「最後の晩餐」を描いたタイル画




教会の床に埋め込まれたレリ−フ


 

ペナン島の「トライショー」は人が前に乗り、こぎ手は後ろでした。マラッカのトライショーはサイドカーで、物凄派手!
陽気な客引きが、日本人と分かると日本の演歌を流しています。乗らなくても写真だけ取りなさいと乗せてくれました。




マレーシアで乗れるのはマラッカとジョージタウン(ペナン島)のみ。




スタダイス(オランダ統治時代の旧総督邸)横の階段を登ります(現在はマラッカ歴史博物館)




時計台


 

看板には「観光地での喫煙はRM10000の罰金が科せられる」と、書いてあります。




夕方になると街がオレンジ色に染まり、非常にロマンチックな場所。2008年オープン、マラッカタワー高さ110m。
かつては右奥に見える帆船がある所まで海であったが、今は埋め立てが進み海岸線は遠くまで後退している。




マラッカ 『セントポール教会』1521年建築
セントポールの丘を上ったところにあります。「教会跡」であり、内部はほとんど何もありません。
マラッカ王朝が1511年に、ポルトガル占領された(平和的に交易で交流していたが、欲をだし侵略




教会の前には、倒木で右手の先がないザビエル像が立っています(生前本当に右手を無くしたそうです)
マラッカで布教(1545年?1552年)を行っていたのは「イエズス会」のフランシスコザビエルで、日本にも布教に立ち寄る。




オランダ広場から5分ほど登ると到着。マラッカ市街と海峡の眺めが非常によい。




セントポール教会の内部をラジコンを飛ばして上空からモニター




フランシスコザビエルが殉教した後、インドのゴアに運ばれるまでの9ヶ月間、遺体が安置されていた場所。




みやげ物屋を覗いてサンチャゴ砦へ下る




「サンチャゴ砦」 1511年、ポルトガル軍がオランダ軍の攻撃から守るために建てた砦跡。
ポルトガルが占領した当時貿易の重要な港だと伺える。オランダも欲しがった港だったんだ!




「ファモサ」と呼ばれる要塞。「サンチャゴ砦」がここにあるのは当時は海岸線が間近だったのだろう


 

当時は高い塀で囲まれていた。現在は石造りの門と大砲のみ残されています。




サンチャゴ砦からバスまで移動した時の公園がさわやかで気持ち良かった




途中雑貨店に立ち寄ると、ろうけつ染めの鮮やかなシャツが並んでいました。 値段は張ります。




わざわざマラッカ海峡の見える海岸線を走ってくれました




マラッカ旧市街(チャイナタウン)ジョンカーストリートの散策




一方通行で何時も渋滞しています。




     美味しそうな饅頭                           「青雲亭」


 

「青雲亭」 1646年に中国から運んだ資材で建てられたマレーシア最古の中国寺院。。山門の屋根の装飾が素晴らしい。


 

本堂の屋根の上の動物や人の像、柱の飾りは陶器やガラスを使った彫刻で出来ている。




『青雲亭』 明の永楽帝の命を受け大遠征を指揮した海軍大将「鄭和」の功績をたたえ1646年に建立された




左は海運を司る仏、中央は観音菩薩、右は正義と平和を司る仏が安置されている。




壁面には漆を塗、沈金画が紙芝居のように描かれ、右から左へブッダ(お釈迦様)の一生が描かれています。


 

この後ジョンカーストリートの自由散策20分を各自が過ごす。 散策に出かけたのはOoyakeさんと私の3人です。




町のいろいろな顏が見えて面白い。 一本の胡弓の音がが哀愁を奏でていました。




今やマラッカ観光の新しい目玉になってしまったジョンカーストリートのパサ・マラム(ナイトマーケット)夜が凄いらしい!




お寺・ボデービルダーの銅像・小物入れを売っていたお兄さんのペット・・・




ジョンカーストリートの反対側です。 時間が無いので急いで引き返す。




残りの人達は暑いのでカフェでコーラを飲んでいたのか、缶にストローがさしてあった(グラスには移されず)




晴天の観光を終えて高速を走ると土砂降り!  クアラルンプール空港の管制塔が・・・




日目

英語で”ヒストリカル・シティ・マラッカ”と呼ばれるマラッカは歴史の街です。マレーシアの変遷をたどると最初に興された街はマラッカ。インドネシアのスマトラ島より渡来した王子パメスワラ(後の初代国王)により1396年に建国された「マラッカ王朝」の首都『マラッカ』です。16世紀の大航海時代以降ポルトガル、オランダ、イギリスに植民地支配を受け第二次世界大戦中には日本に占領された過去を持っています。