19日(水)ー2 鎌倉大仏  


ホテル>10:00〜鶴岡八幡宮>ホテル>11:45〜大仏




二の鳥居(一の鳥居は由比ガ浜に下ると石造りの鳥居がある)




ホテルの前が若宮大路


 

若宮大路の中央の断葛だんかずらを歩く (葛石 かずらいし を積んで一段高くつくった道) 段々狭くなっている




鶴岡八幡宮 「武士の都・鎌倉の文化の起点」とも言える鶴岡八幡宮


 


 

始まりは、鎌倉幕府を築いた源頼朝公の祖先源頼義が、京都の石清水八幡宮を勧請かんじょう(神様の御分霊を他の地に還し祀ること)したことです。


 

頼義は石清水八幡宮を篤く信仰しており、源氏の氏神として八幡神を鎌倉の由比ヶ浜辺に祀りました。
その後、源頼朝公が現在の地にお還しし、鶴岡八幡宮の基礎を造りました。




名物鳩サブレは八幡宮扁額の『』から来ているんだな




滑川に架かる『東勝橋』 紅葉のきれいな川面です。 北条氏最後の場所!

青砥藤綱の碑文 太平記』によれば、藤綱は夜中に東勝寺橋の上で、滑川に誤って銭十文を落とすと、家来に五十文で松明(たいまつ)を買わせ、
川を照らし探し出させます。同僚が「十文
探すのに、五十文も使って損だ」と笑うと藤綱は「銭が川に沈んだままでは永久に損だ。
五十文で松明を買えば、銭は流通し、合わせて六十文は天下の利益だ」と人々を諭したと伝わります。



 


 

子供を見て自身、中学の修学旅行で訪れた当時を思い出す。




鎌倉大仏




結婚直前に訪れてから48年! 時の流れを感じます。


 


 

観月堂    与謝野晶子の歌碑「かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼しゃかむには美男におわす夏木立かな」
鎌倉大仏は「釈迦牟尼」ではなく「阿弥陀如来」であったので
 のちに与謝野晶子は、「かまくらやみほとけなれど御姿の美男におわす夏木立かな」と詠み直したらしい。




15:55 静岡県日本坂トンネル付近




17:34 浜名湖


楽しい三人(長女と)旅を終え無事帰りました