12月21日 民話を訪ねて  

 木曽路De食事


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真っ白な伊吹山が見える曾本(そもと)二子山古墳公園




愛知県江南市曾本町にある前方公園古墳を、地元住民はその形から「二子山」と呼んできた。
五世紀末にできたとされる古墳で豪族を葬った墓だ。1949年と1987年(明治20年)の発掘調査で出土した
「くつわ」「兜と鎧」「仏像」の一部は現在の国立博物館に寄贈された。




左)巨木のクスノキ前方部に置かれた忠霊碑古墳を守る    登るとたたりがあると言われていたのに階段が造られています


 

水田地帯にこんもりそびえる?古墳頂きの三角点(標高15m)


 


 

1961年空中写真では前方後円墳の形が良く残っています         右)H.4年9月作成


 

この古墳の規模は全長約60で後円部の直径35m、高さ7mあり、前方部の幅52m。高さ4mで西北を向いています。
 明治二十年頃、考古学者の柴田常恵氏は「東京人類学会誌」に「この古墳は二子塚、または弁慶塚とよび、周囲はすべて水田に囲まれており堀はないようである。村人に聞くと、
先年まで一個の円塚(墳)が二子塚の右35m離れたところにあったが今は破壊されて無い、かっては左にも円塚(墳)らしい畑が残り、たぶん倍塚であろう。」と述べています。



 

近くの県道の改修工事の際、この山の土地を利用したところ、工事事故があり何人も亡くなる事故があったり病が発生した。
地元の本曽寺の住職が奔走し、この地蔵を建立し、亡くなった人々を供養したそうです。


 

左)隣にある神社    二子山古からほど近い本曽寺(地蔵を立てた住職いたとされる)


 

伝説:足留地蔵【曽本】 足止六部さん 不作続きの村から家出する人が増加。何とかくい止めようとお地蔵さまをまつった。
ある日、突然一人娘がいなくなり懇願する母親に「地蔵の体や足を縄でしばれ」とお告げが。そのとおりにすると娘が帰ってきたという。


 

本堂と時代を感じさせる石仏が安置


 

お歯守さん   一宮市将監地区を何度も探したが分からず散歩の人に聞き、共同墓地の一角に『』を見付けた。


 




お歯守さより派手なお墓を見つけ・・・?


自分たちの住む町にもいくつかの民話が残ります