日目  新玉川温泉   


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雨の中、八幡平を超え玉川温泉に向かう。


 

まず「松尾歴史民俗資料館」に寄り、松尾鉱山のことを詳しく調べてみた。
S56年に建設され、H26年4月からは「雲上の楽園」といわれた松尾鉱山資料の保存・展示に特化した観光施設です。


 

松尾鉱山から産出される硫黄は、黒色火薬の原料であり、合成繊維、医薬品、農薬等の原料でもあり、日本の国防、産業の重要な資源でした。




  係の人に詳しく説明を聞く    硫黄を採るための道具各種


 

覚悟して霧の中を走ることになる


 


 

撮影ポイントの目印から「大沼」        中和処理施設への看板と立ち入り禁止の看板も設置




霞んで見えずらいが松尾鉱山の単身寮「至誠寮」跡だろう




残雪に少し驚きゆっくり走ることに




車を止め窓から撮影




見返り峠は玉川温泉方面と藤七温泉(八幡平樹海ライン)との分岐点




ライトをつけ20k/hで走行、こんな天気なのですれ違う車はほとんどなく良かったです。




峠付近の霧と雪の壁にびっくり!




しばらく3~4mの雪壁を見ながら走行




八幡平ビジターセンターで一息




やっと霧が晴れたセンター前の「大沼」湖畔には水芭蕉が群生




雨に洗われた新緑が二人を迎えてくれます




新玉川温泉付近




新玉川温泉 ラジウム温泉の一種で、お湯は放射能を有す。 


  

低放射線ホルミシス効果で自然治癒力を促進させると医学界でも注目されています。


 

外観が新しいが浴槽は木造で雰囲気満点で、源泉100%の浴槽はph1.2という塩酸が主成分の強酸性の泉質!


 

八幡平ビジターセンターに戻り、『ドラゴンアイを知ったが今日は無理とのこと・・・残念! 写真は前日ビジHP




行きには雨の為ぼんやりしか見なかったが、往路では上がり白樺林の奥に廃墟化した松尾鉱山跡がくっきり!




地熱発電のイオウ臭い蒸気が噴き上げる(風邪向きが変わり覆いかぶさってきてむせ返る)




雲上の楽園と言われ、最盛期だった昭和35(1960)年には、13594人が鉱山町に暮らしていた。




建物は総てセントラルヒーティングで全てつながり、真冬でも半袖で過ごせたそうです。




硫黄採掘負の世界文化遺産に?




光熱費・教育費・毎日の映画・催しはすべて無料、食料・日用雑貨は仕入れ値・忙しい時は2か月に1度ボーナスが!


旧松尾鉱山新中和処理施設


北上川といえば、冬には白鳥が飛来し、秋には鮭が遡上する、東北地方を代表する清流のひとつです。しかし、鉱山操業が本格化した
1933(昭和8)年頃より、松尾鉱山から流出する強酸性水で汚染が始まり、1972(昭和47)年閉山しても汚染は現在も続いています。


以来、pH2程度の強酸性で鉄分や砒素を多く含む坑廃水を、昼夜・季節を問わず、毎分約18tの中和処理を行い、殿物を分離・堆積し、
上澄水を赤川に放流しています。その費用が毎年3億円とも言われております。 昨年訪れた田沢湖にも中和剤が投入されています。
 




朝の八幡平とは雲泥の差ですね!




負の遺産はいたるところにあるんですね! 心洗われるような白樺林を眺めながら走ります。




昭和28年に発掘調査され、環状列石の周囲には住居跡が発見された。
さらにその付近からは土器、土偶、土版、石版、石器などが発見され、縄文晩期の
亀ヶ岡式土器であるという。




松尾歴史民俗資料館で聞いたストーンサークルに立ち寄る




同遺跡は、縄文末期の人々によって作られ、環状列石群の中央のものは直径12mもある大型。


 

中央には火を炊いた後がある直径1.5mの石囲


 

岩手山山頂がやっと現れる




こちらが初日の夕食でした(昨日のUPが今日の夕食)


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