2日目  広島市内      



始終フリータイム 18:35広島駅>のぞみ56号>20:52名古屋




*原爆資料館*ひろしま市内は観光ループバス乗り放題に乗って市内観光*


1回¥200ですが 乗り放題¥400の安さバッグン!




広島平和都市記念碑』  平和を愛する沢山の献花




広島平和記念資料館』  雨の中をホテルから徒歩で5分に資料館




原爆投下  1945年(昭和20年)8月6日    館内には外国人の方が大半をしめていた・・特に白人



一瞬でこのありさま・・・何千度の熱風で跡形もなく人が溶けるなんて・・・


 

原爆ドーム相生橋』 原爆投下はこの橋を目標にしたが、原爆は目標をそれ、300m離れた島病院上空でさく裂しました。
アメリカ大統領オバマさんが広島に来るので・・崩れそうな所を工事中!




投下の何時間後の映像と瓦礫




当時4歳の男の子が自宅前で、三輪車に乗って遊んでいる時に被爆した。全身に火傷を負い、「水、水・・・」と言いながら死亡した。
翌日自宅焼け跡で長女7歳、次女1歳の遺骨も見つけた父親!長男の遺体は焼かず、一緒に遊んでいて死んだ近所の女の子と
手をつながせ、焼け焦げた三輪車と共に庭に葬りました。 被爆40年目に墓所に移す決心をした父親は堀り起こし、葬式をした。




石像は溶けた部分・飛ばされた部分が・見るも無残!


 

旧産業奨励館の残骸が原爆ドーム  *   ドームの見学も外人が目を引きます




崩れかけた外壁・修復中




右)『原爆の子の像』 2才で被爆し、10年たった12歳に白血病で 短い一生を終えた少女像です。


  

毛利輝元てるもとは、永禄6年(1563) 、父・隆元たかもとの急逝によって11才で毛利家の家督を継ぎました。
中国地方の大部分を治める戦国大名毛利家の基盤を引き継ぎます。やがて輝元てるもとは織田信長と対立したが、
本能寺で信長が討たれると、備中高松城で羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉) と講和を結び、その後の豊臣政権を補佐した。


  

ザーザー降りの中を広島城見学・・こじんまりとしたお城でした


  

*修学旅行の学生と一緒になりました * 太鼓櫓の見学は靴を脱いでの見学です。




護国神社はお城に隣接してます。




『南 門』 石垣がきれいですね!




天気には恵まれなかったが。お友達と楽しい旅行が出来ました。