3月8日 地獄絵図  


Am8:30>名古屋IC>東名>岡崎IC>9:30八柱神社>10:00〜30三河別院45k>一般道>自宅>Pm1:30〜若宮テニス




Am6:50 これから出かける地獄絵極楽絵の狭間を漂うような濃霧にビックリ!







【八柱神社ヤハシラジンジャ】 古来より紀伊国熊野の里に居住した 清和源氏の流れを汲む鈴木一族が
源平の戦いに加わりました。その戦いの難を逃れて三河国碧海郡桜井村に渡り住みました。




熊野権現(五男三女神)を祀ったことから付いた八柱神社やはしら


 

ご神木の下に二宮金次郎の石像が建っていました。


 

祓戸はらえど) (祓所、祓 殿)とは祓を行う場所のことで、そこに祀られる神という意味。




築山殿(つきやまどの)  戦国時代から安土桃山時代にかけての女性。徳川家康(松平元康)の正室。





 

一般的に呼ばれたのは、瀬名、鶴姫、築山御前(つきやまごぜん)
三郎信康を祀る若宮八幡宮(菅生八幡宮)が、近くにあるのを知りませんでした。




『三河別院』 浄土真宗の開祖親鸞の師「源信」 1000年忌記念・・・往生要集と地獄・極楽展







三河地方の寺院からの絵図。仏像が集められていました。








「地獄と極楽は、実は同じ世界」であり「住んでいる人の心が違う」だけ


“あの世には、地獄も極楽もある。しかし、実際には両者は外見上は同じ様な場所だ。
ただ一つ違っているのは、そこにいる人たちの心の持ち様なのだ。

実は、「地獄と極楽」には、それぞれ、同じ様に大きな釜があり、そこには同じ様に美味しそうなうどんがぐつぐつと煮えている。
ところがそのうどんを食べるのが一苦労で、長さが1メートルほどの長い箸を使うしかない。
地獄に住んでいる人は、われ先にうどんを食べようと争って、箸を釜に突っ込んでうどんを掴(つか)もうとするがあまりに箸が長く、うまく口まで運べない。しまいには他人が掴んだうどんを無理矢理奪おうと争い、喧嘩になって、うどんは飛び散り、誰一人として目の前のうどんを口にすることができない。美味しそうなうどんを前にしながら、誰も飢えてやせ衰えている。
それが地獄の光景だ。

それに対して極楽では、同じ条件でも全く違う光景が繰り広げられている。
誰もが自分の長い箸でうどんを掴むと、釜の向こうにいる人の口へと運び、「あなたがお先にどうぞ」と食べさせてあげる。
そうやってうどんを食べた人も、「ありがとう。次はあなたの番です」と、
お返しにうどんを取ってあげる。こうして極楽では全員がおだやかにうどんを食べることができ、満ち足りた心になれる。”

 同じ世界、同じ環境、同じ条件の中でも、感謝の氣持ちや暖かい思いやりの氣持ちを持ってるかどうかで、
 そこが地獄にもなり、極楽にもなると言っているのです。



心静かに過ごしたいです