2015年8月24日 龍潭寺  



醒ヶ井・梅花藻>龍嘆寺・襖絵>愛知川宿・のれんアート


 

江戸時代の中山道61番目の宿場町はお祭りの準備中(夜が楽しそうです)


 

陶あかり作品展が旧問屋場で開催




陶に透かした明かりの芸術で、和の模様が照らし出されていました。


 

随所に人形アートのコンテスト作品も楽しませてくれる




夏の梅花藻は水かさが下がり花が水面に出てきてきれいです
梅雨時に咲く梅花藻は水中でゆらゆらと、一味違った趣があります。


 

何気なく立ち寄って良かったです。 つづいて彦根市の『龍潭寺(りょうたんじ)』へ向かいます




佐和山城(標高232m)は,慶長5年(1,600年関ヶ原の戦いで,
豊臣方の総大将 であった石田三成が東国へのにらみをきかせた城でした。


 

龍潭寺りょうたんじ 『石田三成』の像がありました

ある日、秀吉が鷹狩の途中で領地の観音寺に立ち寄ると、汗だくの秀吉を見た寺小姓の三成が・・・・・「三献の茶」
・・・・・これを秀吉はいたく感心し、三成は召し抱えられることになる。 ここ龍潭寺は出会ったお寺ではありません。




中門をくぐり方丈へ向かう







境内には七福神も奉られておりました




龍潭寺だるま寺ともいわれる




襖絵が数多く保存されていました


 




桃山時代作




当寺には常に150名もの学僧がいて,ここで学んだ造園施工技術を各地に伝えたそうです。




大小48石を配して観音菩薩の浄土である補蛇落山(ふだらくせん)を表現




中央の立石が観音様!


 

この仙人は、中国周の時代の人で、琴の名手。長寿の仙術を行って800年も生きた絵かな?




『蓬莱庭園』 江戸時代の小堀遠州らの名庭
佐和山の峰を借景にし,築山は過去現在未来すべての仏を祀る浄土の世界を表す。


 

しおからトンボも冥想(ギョロ目はしっかり開いていますしているのか動きません




釈迦入滅の折りに白く変わったという沙羅双樹(夏椿)の花の色は,盛んな者も必ず衰えるという道理を表している。

行ずる ==⇒ 修行する。 行う。  ポスターに目が行く・・・次の目的地は愛知川宿




大きな冠木門かぶきもん(京都方面の西側) 中山道「愛知川宿」で『のれんアート』をやっていると聞き足を伸ばした。




69次の65番目が愛知川宿  版画に 『無賃橋』が描かれ、たもとの看板杭に「むちんはし はし銭いらず」の文字が




夏の街道筋。軒にゆらめくのは、数々の手づくりのれん。




第8回中山道愛知川宿のれんアート




可愛らしいのれんは手作り満載でした


  

帰りも中山道64次高宮宿へと走りました




伊藤長兵衛は伊藤長兵衛商店の七代目で、伊藤忠商店と合併しKK丸紅商店を設立し初代社長となった人物である。




出町付近の並木道が雰囲気がとてもよかった




無賃橋北詰』の地名? 高宮宿の西入口?
出水のたびに旅人、村人をも困らせた愛知川に、商人の寄付で完成した橋は無賃(当時は何処でも有料)で渡れた。




帰りに伊吹山麓にある薬草風呂を目指すも、行きついたら定休日でした。


先週の東北の疲れもあったのでフラフラ走ってきました