2015年1月19日 京都冬の旅 

1月18日(日)Am7:00高見>一般道>名古屋西IC>東名阪>新名神>8:00〜8:30土山SA>大津IC>Pm9:00ホテル150k


 

土山SAにはまだ固められた雪が沢山残る。 セブンイレブンで売られ始めた\100ドーナツを食べてみたら美味しかったです。




『東横イン京都琵琶湖大津』 駐車場\500かかります。

1月19日

7:40朝食9:10発ホテル>京都>頂妙寺>八坂神社・疫神社>本法寺>とらや>大垣の湧水>養老ミート>8:00自宅330k




無料のおにぎり2つと食パン2枚が朝食です




ホテル前は市電が走っていました。 立体駐車場から出庫待ち! まず頂妙寺へ向かいます。


 

頂妙寺(ちょうみょうじ)南門は、鴨川の東、仁王門通に面してある。通り名は当寺の仁王門に 由来するという。
山号は聞法山(もんほうざん)という。 日蓮宗本山。本尊は十界大 曼荼羅。


 

仁王門の右が持国天と左が多聞天で、運慶の作とされます。
何度も火災に見舞われたが、とっさに像の首だけを持って逃げることもあったそうで、今でも首だけが 当時のものとのこと。

一般的に仁王門といえば、、筋骨隆々な仁王様・金剛力士がいる門だが、持国天と多聞天です。厳密には「二天門」。
ただ、二天には仁王の意味もあるため、二天門でも仁王門でも良い。ややこしいが、仁王様のいない門もあるんです。




仁王門には豊臣秀吉から布教を許された時に拝領した許状の扁額が掲げられています。

戦国時代、織田信長は安土城に浄土宗と法華宗(日蓮宗)の僧侶をそれぞれ集め、問答をさせます。
結果的に法華宗が破れ、布教が出来なくなったが、秀吉の時代になり、再び布教を許された時の許状。




大本堂  頂妙寺が室町時代に日祝(にっしゅう)上人によって開創され、俵屋宗達ゆかりの寺でもあり本堂などが残ります。




  「京の冬の旅」特別公開に行きました。 




宗達筆「牛図」(重文) 下地が乾かないうちに次の色を落とす「たらしこみ」技法で牛の逞しい筋肉を表現した。
朝鮮の「蓮紙織画」「三十番神像」「京都十六本山会合文書箱」などの寺宝も特別展示されます。


 

頂妙寺のお墓には、風神雷神図屏風で知られる俵屋宗達も眠っています。宗達の墓は石川県にも残されています。





『八坂神社』南の鳥居より入る(15分\100に止め\200)


 

神話のスサノオノミコトを祀る。                外国の人が大勢来ていました


 

初めて「蘇民将来子孫家」の厄除けの札を見ました


 

今回一番の目的は『疫神社えきじんじゃ』の茅の輪くぐりでしたが、やっていませんでした。


 

商売繁盛〜笹持って来い〜の『えべっさん』にもお参りしてきました




『八坂神社』  通称名称「 祇園さん」




本法寺山門『仁王門』
長谷川等伯の大涅槃図レプリカが展示してありました(10m×6m




本堂前にある(左)光悦手植えの松                     見事な木組みの多宝塔


 

『庫裏』 趣のある庭がとても良かった


  

廊下奥の坪庭




書院前の本庭


 

丸石を半分に割り「日」を表し「蓮池」を造り『日蓮』を表現した




石の模様を水の流れに仕立てた枯れ山水が見事ですね




三つ巴(水に関する模様)のマークの形を庭の三カ所に配置してある


 

             左)回廊の左側                        右)三つ巴の庭の鍵型回廊




十の庭つなしの庭』 九つの石が配置され、己をいれて十になるという意味だとか!
一つ・二つ・三つ・・・・・・9つ・十(とおお)と数え、十の数え方にはつが無い


 

食事をした後にはお土産に羊かんを買う


 

ちょっいと優雅に『京雑煮』を頂きました


 

日本庭園を眺めながら、日本人の細やかな風情に心なごみます。


 

大垣で寒の湧水を汲みに行こうと、新しくできた大垣西ICで降りたら目の前にが現れてきました!


やっぱり京都はほっこりしますどえ!