2014年3月17日 北野廃寺


5:50〜8:00早朝テニス>10:00〜11:30手話>東陽寺>R153>豊田>R248>北野廃寺>2:50真福寺44k>4:30高見79km




日進市本郷町の公民館に車を止めて「何にっ?これっ!」 白いさらし布が目に入った。 




小路の家々をつなぐ白い布は何処まで伸びているのか? どうやら東陽寺まで繋がっているのか!


 

お寺の菩薩様に結ばれている五色の糸と、つながった白いさらし布が1キロ以上町内を巡っていました。

日進市の『東陽寺』 菩薩像12年ぶり御開帳の新聞記事を見つけ寄ってみました




本堂に上がらせて頂き、まじかに拝見しました。


 

『観世音菩薩』 世の人々の音声を 観じて、その苦悩から救済するのが菩薩。


 

左)不動明王像                      右)毘沙門天像




33観音堂
菩薩は人々の姿に応じて 千変万化の相となるといい、その姿は6観音・33観音などに表される。


『東陽寺』を後にして、岡崎市北野町の古代寺院『北野廃寺跡』へ向かう。



【四天王寺式の伽藍】 「古代寺院」とは、仏教伝来以後の飛鳥時代に建設された寺院を指します。




『北野公園』  北野廃寺跡は三河地方で最も古い古代寺院







南大門跡に土塁を復元




左)法隆寺の五重塔に匹敵する規模の塔が建っていた?




  中心には礎石跡が残る。



 

『金堂跡』から講堂の礎石を見る
それにしても誰(豪族)がこのような大きな寺院を建てたのでしょうか!




『北野廃寺』 飛鳥時代後期に属する寺院跡で三河地方では最古に属する寺院の一つといわれている。

大阪府の四天王寺や奈良県の法隆寺の若草伽藍跡などでしかみられない伽藍配置が地方ではっきりと確認された例として
非常に希なものであり、出土品からみても大陸の仏教文化の流れが直接確認できる寺院跡として非常に重要な史跡です。


 

『土塁跡』上の築地塀の存在は分かっていない




のどかな風景だな〜




『真福寺」 仁王門は火災に合ってから1494年に復興した
真福寺(しんぷくじ)は愛知県岡崎市にある天台宗の寺院。山号は霊鷲山(りょうじゅせん )。




水が本尊なら良い水が・・・ポンプは壊れていました


 

太子堂の千手観音


 

満開の梅を仰いでから、わざわざ石段を登ることにした。


  

早朝テニスのせいか、だんだん足が痛くなってきた。 車で登れば良かった!


  

かなり古い大きな五輪塔があったが




『ほら貝の穴』はどうもほら話だ・・・でも伝説は大事にしないとね。


 

ここまで車でこれますが、階段を歩いてきました。    


 

万年亀を見たから長生きするかねー!


 

『開山堂』 本尊は「毘沙門天」 今日は 日進市の『東陽寺』でも拝んできました。 
仏教における天部の仏神で、持国天、増長天、広目天と共に 四天王の一尊に数えられる武神である。




本尊は水体薬師と通称する 薬師如来。 湧水が本尊である。


 

最後の階段を上がり本殿に着きました。 以前ぶどう狩りの時に来たことがあり2度目です。




通称・三河薬師  伝承では聖徳太子建立46か寺の一とされている。


 

『大師堂』 木造慈恵大師坐像は良源(りょうげん)(平安時代の僧)である

 



大師堂内部には徳川家歴代の位牌が安置


 

『西居院』 真福寺塔頭のひとつで、仁王門のすぐ後ろの石垣の上にある。


馬酔木に少し酔って下山です