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AM9:00>大垣(湧水)>祖父江七福神巡り>岐阜羽島かんぽ温泉>Pm7:00高見168Km
≪七福神(しちふくじん)とは、福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神である。≫
@恵比須神A大黒天B弁才天C毘沙門天D寿老人E福禄寿F布袋
![]() 立派な広い駐車場に「ほほー!」 |
![]() 尾張七福神の幟に新しい期待が! |
![]() ![]() 大黒天 春光山 池泉院 【大黒天】 東海大橋の北側にあり、駐車場も広くとても立派な本堂です。平日なのに安産を願う人がちらほら! |
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![]() 大黒さんではなく布袋さんをさすっています(お恥ずかしいがよく分からず回っているんです) |
![]() A【大黒天】 大黒さまの頭につけた頭巾は「上を見ない」という謙虚さを。 また二つの米俵は「二表で満足をする」という、欲を張らない清廉な心を示しているといいます。 念頭に掲げた今年の言葉に遭遇した一言『吾唯足知』(われ、ただ足るを 知る)に感激! |
![]() 尾張徳川家寄進の本尊を収める厨子があり、葵の紋が目に付く。 朱印はやりませんが見本の写真を写す。 |
![]() 「地泉院」西の土手に登り、木曽三川越しに白く化粧した伊吹山がそびえていました |
![]() 『永張寺』 【布袋尊】 車は寺の前の道路が広いので路駐です(P無) |
![]() 七福神巡りは歩いたり、バスツアーがあったりと、一日観光には手ごろな行程です。 私達は湧水を汲みに行った帰りの観光で、中途半端になってしまいますが・・・それでも楽しんでいます。 |
![]() ![]() F【布袋尊】 七福神中、唯一実在の人物で、長丁子と号した唐代末期の禅僧・契此をはじめ、 宋の僧了明、棗陽の張氏の男など、四人が布袋和尚として伝えられています。 |
![]() 本堂には誰もいず、朱印も書いてあるものが置いてあり、セルフ(お金を置いて頂いてくる)です。 |
![]() ![]() ![]() 真新しい竹とひしゃく、苔むした蹲が目に付く! 枯山水庭が造られていました。 |
![]() ![]() ![]() C 『正塔院』 【毘沙門天】 Pは何処かわかりません?細い路地にあり、山門前に止めておく。 にこやかな七福神の中でただ一人、甲冑に身を包んで厳しい顔をしているのが、毘沙門天です。 もとはインドの財宝福徳を司り、サンスクリット語でクペーラと呼ばれ、ヒマラヤの北方の山中に住んでインドの北を守る善神。 |
![]() 参道の両脇には苔が綺麗なのが印象的 |
![]() ![]() 毘沙門天(勇気の神)多聞天とも呼ばれ、四天王の一つ。身に七宝荘厳の甲冑を着て、北方を守護し財宝を護る。 当寺の朱印も箱に入ったセルフサービスでした。しかし何処に毘沙門天が祭ってあったのかなー! |
![]() ![]() ![]() ロビーに飾ってあった切り絵に感心して見入る 岐阜羽島のかんぽの宿の温泉に入ってきました¥500 |
![]() ![]() 名古屋市内で鍋をを食べて帰宅 |
残りの『尾張七福神巡り』を楽しみに・・・
@恵比須神
左脇に鯛を抱えて右手に釣り竿をもつ姿は、誰にも馴染み深いものがあります。
その釣竿は「釣りして網せず」すなわち暴利をむさぼらない、清い心を象徴している
といわれており、そこが商売繁盛の神様として人気を集めたようです。
A大黒天
大黒さまの頭につけた頭巾は「上を見ない」という謙虚さを。
また二つの米俵は「二表で満足をする」という、
欲を張らない清廉な心を示しているといいます。
また、打ち出の小槌の「槌」は「土」、すなわち米をはじめとした、
様々なものを生み出す「大地」を意味するのだと言われています。
B弁才天
水の神さまであるところから、海辺や湖辺に祀られることが多く「三弁天」と呼ばれる
江ノ島・竹生島・厳島に祀られるものは、有名です。
また、鎌倉の宇賀福神社に祀られる弁才天は「銭洗い弁天」として有名で、
巳の日に境内の清水で硬貨を洗うと、福銭となり、
倍になって戻ってくると云われています。
C毘沙門天
にこやかな七福神の中でただ一人、甲冑に身を包んで厳しい顔をしているのが、
毘沙門天です。
もとはインドの財宝福徳を司り、サンスクリット語でクペーラと呼ばれ、
ヒマラヤの北方の山中に住んでインドの北を守る善神とされています。
仏教に取り入れられてからは、
仏法を守護する四天王の一人として北方防備の任を担い、四天王中,
最強の力を誇るとされました。しばしば北からの侵略を受けていてインドでは、
北を守る者こそ最も強くなければならなかったのでしょう。
D寿老人
竜骨座という星座の中に、「カノープス」と呼ばれる、きわめて明るい星があります。
南半球に属するために日本では知られていませんが、中国ではかつて、
この星は「寿星」または「南極老人星」と呼ばれていました。
寿老人とはこの星を人格化したものなのです。
また、鹿をしたがえた姿で描かれることがありますが、
これは「鹿」と「禄」が同音であるところから
「福禄の神さま」であることを表したのだと考えられています。
E福禄寿
福禄寿は頭が異様に長く、豊かな白髭をたくわえた、背の低い老人の姿です。
実は寿老人と福禄寿は同一人物なんんです。
我が国では二様に描かれた同一人物を別人として、
それぞれを七福神に加えたといわれております。
福禄寿の名前は固有名詞ではなく、
道教で理想とされる、「福」と「禄」と「寿」(幸運と子孫に恵まれること・
金銭に恵まれること・長生きすること)のことだ、といわれています。
こうした三つの得を具備するところから、大変な人徳をもった神さまであるとも言われ、
また寿老人の鹿に対して、亀や鶴をなつかせていたといわれています。
F布袋
七福神中、唯一実在の人物で、長丁子と号した唐代末期の禅僧・契此をはじめ、
宋の僧了明、棗陽の張氏の男など、四人が布袋和尚として伝えられています。
彼らはいずれも巨大な太鼓腹に、いつも半裸という風体。
杖と大きな布の袋を携え、袋の中に身の周りの持ち物を入れて、放浪生活を送っていました。
食べ物を施されると、少しだけ食べて残りは袋の中にしまっておくのが常だったといいます。
大きな布の袋とふくよかな笑顔が大黒天と結びついた、という説に加え悠悠自適、
「泣いて暮らすも一生。笑って暮らすも一生。
同じ暮らすなら笑って暮らせ」といった、楽天的な布袋和尚の生き方が、
当時の禅僧をはじめとした人々に「至福」の象徴として受け入れられた、と考えられます。