2014年1月20日 京の冬の旅 



9:00高見>東名阪>京都東IC>寺町「阿弥陀寺」>報恩寺>妙顕寺>俵屋吉富(京和菓子)
>京都東IC>新名神>名古屋西>名古屋高速>6:35自宅284km




新東名・土山SAには前日降った雪が積もっていて驚きました




今年も京都へやって来たよ!  寺町「阿弥陀寺」 織田信長公本廟所





 

信長の木像と位牌


 

阿弥陀寺の開山となった清玉上人は幼少のころから織田家と縁があり、信長公とも親交が深かったという。




説明を受けると色々勉強になります。日差しがあり、足がそれ程寒くないのが助かりました。




本堂の御本尊・『丈六阿弥陀如来坐像』

信長・信忠父子の木像や位牌、日本画家・上田幸子氏の天井画「彩華来迎花浄土之図」
信長が使用したといわれる手槍や鞍覆などゆかりの寺宝が特別展示されていました。




保存の難しさも知りますね




信長・信忠父子と森蘭丸ほか家臣の墓があることで知られています




阿弥陀寺には信長と同じ墓所祭られています


 

『報恩寺』

門前にある石橋は、慶長七年(1602)に秀吉の侍尼・仁舜尼から寄進されたもので、
今は埋められた小川(こがわ)の名残を止める貴重な遺産でもあり、桃山時代の貴重な石造美術品です。




重要文化財に指定されている梵鐘




1623年、九州筑前(福岡県)の大名・黒田長政が報恩寺で死去しています。
この年、徳川秀忠・家光父子が御所への参内のために上洛し二条城に泊まります。

合わせて黒田長政も江戸から入洛し、この報恩寺を宿舎としましたが、
持病が悪化し、将軍からの見舞や大坂から呼んだ名医の手当ての甲斐も無く、8月4日報恩寺の客殿で死去。




「鳴虎図」 豊臣秀吉が聚楽第じゅらくだいに持ち帰ったが、夜中に虎が鳴いて眠れず、寺に返したとの逸話が残る。

体毛を1本1本細密に描き分け、虎が立体的に見えるという絵の特徴がまじかで見られます。
左端から見る虎はふっくらと太って見え、右端から見るとほっそりした虎が居るではないか?




客殿前の枯山水式庭園(白砂に大地、石組) 国産のきらきら光る砂が入手出来なくなっているそうです。




報恩寺の蹲が凍っていました


 

『妙顕寺』 立派な大門




『本堂』 妙顕寺縁起
四海唱導『妙顕寺』は日蓮大聖人の孫弟子になる日像聖人が創建された関西法華宗団の根本をなす由緒ある寺で、
大本堂の両柱に掲げられた聯に宗祖直授の大導師として、妙法の教を弘め、法華宗号の発祥をなし、勅願寺
として四海唱導の公許を誇る日本国中の宗門の棟梁の零場である。

『四海唱導』世の中(四海)の人々に教えを説いて(唱導)人を導くこと。







本堂内部の須弥壇はそれはそれは豪華な荘厳、本尊七字名号と三祖師が祀られています。




右)勅使門は天皇、天皇の許可を得た勅使しか出入りが出来ない門




『龍華飛翔の庭』


   

『妙顕寺』 孟宗竹林の坪庭(五角形のユニークな書院中庭)


    

樹齢300年の松に尾形光琳「紅白梅図」の川の流れを白砂曲水で表している




壊れかけている年代物の常夜灯


 

『俵屋吉富(京和菓子)』
京の冬の旅指定の神社を3ヶ所回るとサービスが付いてきます。




その一つで無料接待を受けました。上品な甘さが良いです。


 

16:00〜夕御飯は東名阪の大山田PAで済ませ帰宅


非公開なので写真が無いのが残念です(ポスターの写真を写して)