2013年8月6日 足助城 



Amテニス>PM1:45高見>2:30墓参り>グリーンロード>3:20〜4:30足助>グリーンロード>5:30高見82km




受付で\300を支払うと、「名古屋にはチョコレート売っとるかね?」と4個くれた。
私:「名古屋には売っとらん!初めて見るがね!」と答えると笑顔が広がり、案内をしてくれることになった。




鎌倉時代(1185年頃-1333年)に足助氏が居城。現在残された遺構は、15世紀以降に鈴木氏築城した跡と。

写真




家康に仕えた鈴木氏は1590年家康が関東入国に従って、足助城を去り廃城になる。


 

左)          井戸は掘り抜きでなく湧水を溜めた井戸であった          右)


 

右) シャクナゲの木がたくさん植えられています




西の丸』 防護柵で囲まれた砦に入った途端、宙に浮いてしまった? パワーがみなぎっとる!


 

:西の丸 後方の建物は西物見台『物見矢倉


 

        左)『物見矢倉』の上に見えるのは『本丸』         右)『本丸腰曲輪』を抜けて『南の丸』へ


 

:『南の丸


 

南の丸』  『かまど小屋(炊事場)』と『台所建物厨)』


 

台所建物は忠実に再現されています。          囲炉裏の火もセンサーで付きました。




猛暑でも山城は風通しも良く、建物内は涼しい!


 

台所建物厨)』 防護柵が砦らしさを増すが、実際は戦はせず無血開城で生き延びてきた。




日月の碑』 天皇の旗印(別名 菊章旗、日月旗)で、赤地の錦に太陽と月を金糸と銀糸で刺繍したもの。錦旗(きんき)
後醍醐天王と鎌倉幕府の戦いの時?足助氏は天皇側につき『日月旗』を掲げて戦った。

足助で有名な日月もなかの「川村屋本店」は大正5年の創業。最中の命名はここからきているんだな?




戦国時代の山城を忠実に再現(発掘調査に莫大な費用が掛かり、総工費6億と言われる)。
質素な本丸と長屋、物見やぐら、物見台、防備だけの柵など、城の原点とする砦そのものが魅力的です。


 

7:南物見台』 AMの激しい雨がうそのように青空にそびえ立つ


 

南物見台から見下ろす『台所建物


 

屋根葺きも本物で再現したが、年月が経った時にまたお金がかかりよね!




『本丸』 『高櫓と長屋』の北側




足助城』 全国初の復元された山城は、標高301mの真弓山の山頂を本丸としている。


 

足助城『本丸』で、案内をしていただいた藤島さんと記念写真に収まる。


 

天守窓からの眺めは素晴らしいですよ!




戦は火縄銃の時代になってきた




刀と鎧櫃(よろいひつ)




足助の町並みを眼下に見下ろす(8畳?敷きの本丸天守)
風が心地よくて思わず寝ころびたくなります。




信州と美濃への街道、岡崎と名古屋への街道を望むことが出来ます。




急こう配の階段を降りて、天守前でハイポーズ!




火縄銃の火種を魔除けとして土壁に飾り付けてあった
足助城の歴史を解説して暮れ、とても有意義な時間を過ごしました。


 

帰り道はこちらから 10 『北腰曲輪』




時間が無いので急いで回り、ひと汗かいてしまいました。


秋の紅葉には再度訪れてみるつもりです。