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AM6:15 散歩:福岡城祉 ★ 8:50 朝食〜ホテル>9:00〜無料サイクリング大濠公園>10:00ホテル
>秋月城址>大宰府天満宮&光明禅寺>>18:00オリックスレンタカー>空港内
18日(火) 20:30福岡 > ANA238 > 21:45セントレア>11:00高見
![]() Am6:00 Suzukiさんの電話で起こされた。6:30を6:00と思っていたらしい。 Am6:15〜7:30 ホテルの無料レンタサイクルで『福岡城址』散策 |
![]() 関ケ原の合戦戦功により、筑前52万石の領主となった黒田長政が7年の歳月をかけて築城。 |
![]() 『下之橋』の堀にはつぼみが一杯の睡蓮が? |
![]() 『下之橋御門』 |
![]() 下之橋御門と(伝)潮見櫓 |
![]() 『旧母里太兵衛邸長屋門』 筑前今様の「酒は飲め飲め」で知られる母里太兵衛もりたへい(母里但馬守友信)は、黒田24騎の1人で、 福島正則から名槍日本号を飲み取った豪傑として知られている。 “酒は飲めのめ 飲むならば 日の本一の 此の槍を 飲みとるほどに 飲むならば これぞ真の 黒田武士” 黒田母里友信が、正則に「飲み干せば何でも褒美を取らす」と大盃に注がれた酒を勧められた際に、 この酒を見事に何杯も飲み干し、槍を貰い受けたという逸話に基づいている。 |
![]() 名島城の数少ない名残の脇門 『名島門なじまもん』 |
![]() 『表御門』の階段は自電車持ち上げて登城(天守までは登りでキツイです) |
![]() 『祈念櫓きねんやぐら』は本丸の北東隅に鬼門封じのために建立された二層の櫓 |
![]() 本丸跡には幾つもの井戸が掘られてあった |
![]() 『天守台』 初めから天守閣はなかったといわれるが、大、中、小の各天守台と47の櫓がある名城だった。 2013年6月19日 - 福岡市は18日、石垣の修復工事を行っている国史跡「福岡城跡」(同市中央区)で、 石垣を内部から支える「裏込(うらご)め石」の層から、石垣をさらに補強し、 地震などの 衝撃を低減するための「石列(せきれつ)」を約40カ所発見したと発表した ... |
![]() 『鉄御門跡』 戦用で狭くしてある・・・ |
![]() 天守台へ続く『埋門跡』 |
![]() 今も残る穴蔵を持つ『大天守台跡』 |
![]() 復元図:大天守は立派な5層・・・? 石垣に耐震補強とは! |
![]() 天守台から大濠公園(朝食後に自転車で回る予定) |
![]() ビル群が無ければ、玄界灘まで見渡せる高台です。 風が心地よいです! |
AM9:00開門 垣根の隙間から『多聞櫓』 南丸にあり、江戸時代から城内にそのまま残っている数少ない建物の一つ。 一般に多聞櫓は16の小部屋に独立しており、石落しのみで城外を見る窓がない部屋もある。 |
![]() ![]() 左上)小天守台跡からブレーキ音「きぃー!キィー」と鳴らしながらどんどん下る。 |
![]() 。 7:40 『平和台陸上競技場』 福岡国際マラソンのスタート地点。 「腹が減ったー!」 |
![]() 朝食 7:50〜8:30 狭いレストランでは順番待ちでした(中国語が飛び交っていました) エアコンのスイッチが分からず、暑くて寝苦しかったと、高殿さん! 鈴木さんはエアコンが入っていて、丁度冷えていたので分からなくても良かったと! Masamiが一言「枕元のテーブルに付いていたのに〜!」 |
自転車は5台しか借りられず、2人(私・高殿氏)はランニングで回る事になった(Yasukoさんは部屋留守番です) 高殿氏>学生時代は駅伝部で鍛えていたので大丈夫と・・・(本当に頑張って走りました) 途中に鈴木さんと交代していましたが、鈴木さんはきつそうでしたね! |
![]() レンタサイクルで9:00〜10:00自由散策・・・ホテル前の『大濠公園』 ![]() 「観月橋」 大濠公園・大濠池の柳島に架かる橋。 |
![]() 大濠池に突き出た『浮見堂』 |
![]() 浮見堂から池を覗くと、亀が悠然と泳いでいる。 |
![]() スッチーさんに撮ってもらいました「アロハー!」 |
![]() ハワイから観光の御夫婦(女性は日本人でスチュワーデスさん) |
![]() 散歩の人に小魚をもらっていたアオサギ、足元にはその餌を横取りする亀が2匹(亀がサギしてる?) |
![]() 風に帽子を飛ばされ、急いで駆けより池に落ちる寸前(Takakoさんが落ちるかとカメラ構えたが)に拾う。 |
![]() 大濠池の柳島から福岡城天守台(朝食前に登った)が見えます。 |
![]() ![]() 皆さん風を切ってルンルンでペダルをこいでいます |
![]() 有名なアスリートが時々走っているそうです。 一番若い鈴木さんが交代して走っています。 |
![]() ![]() 早朝見た『名島門なじまもん』へ案内しました。 この後天守台へ?女性の皆さん意欲無し! |
![]() 6時30分ではつぼみでしたが、満開のスイレンに驚いた! 『下之橋』 |
![]() ![]() あまりにも綺麗なスイレンに、サイクリング最後に記念写真! |
![]() 10:00 ホテル到着 ジョギングで汗だくになりシャワー浴びてから、『秋月城址』へ出発です。 |
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![]() 左)甘木から秋月城址へ向かう街道 右)帰りに寄る「葛本店」近くを走る |
![]() 車ぎりぎりの『野鳥橋』を渡り「黒門茶屋」近くのPに止めた。 無人ではあったが\300を支払う。 |
![]() ![]() 地元の朝どり変形野菜を買って帰る(重たいのに)・・・(食べてみたら柔らかく美味しかったです) お店の中には地下水位をくみ上げていて、帰りに頂いてきました。 |
![]() ![]() 昼食の予定『黒門茶屋』が休み!しばし空腹を我慢してちょう! 川海苔が食べたかったのに! 『種痘発祥の地』 緒方 春朔 おがた しゅんさく 「ほうそう」現在でいう天然痘の治療方法を、イギリスのエドワード・ジェンナーより6年早く発見治療した。 |
![]() 染物屋さんのある所には、美味しい水が湧き出ているんです。 |
![]() 『杉の馬場』 お城の前のまっすぐのびた道路は、昔は武士たちの馬術の稽古に使われたので馬場と呼ばれた。 明治以降桜の木と植え替えられ、桜の名所に変わる。 |
![]() 秋月の町は、旧城下町の町割をそのまま残しているが、大まかに歩いてみた。 |
![]() 『秋月城』の石垣・・・今は中学校が建つ 1203年に原田種雄が秋月氏を名乗り築城。豊臣秀吉の九州征伐後、黒田長興が現在の城を築城。 |
![]() 『瓦坂』 奥の石垣は中学校の校庭です |
![]() 古い瓦を使い土の流失止めと、滑り止めに利用してある。 |
![]() 秋月城址の『長屋門』 |
![]() 筑前の小京都秋月は、約800年のさまざまな歴史と悲話を秘めている町である。 |
![]() 長屋門前の桜の枝を下げ、サクランボを食べたら・・・ |
![]() 長屋門をくぐると『秋月城址梅園』があります 完熟した梅が沢山落ちている。持って帰りたそうだが諦めたみたいです。 |
![]() 秋月城の跡に建つ秋月中学校 中世の秋月城は、背後にそびえる古処山860mにあり、現在の秋月城には山麓居館が置かれていた。 |
![]() 秋月城の跡(陣屋?)に立つ 城の名称を秋月城としたが、実際は陣屋格である。 |
![]() 現在は垂裕(すいよう)神社の参道に建っている『黒門』 この黒門は鎌倉時代に古処山城の城門として造られましたが、江戸時代初めに秋月城の大手門として移される。 そして明治時代からはお宮の神門に使われるなど700年の歴史をもつ古い御門。 |
![]() 『秋月中武道館』前、杉の馬場を帰る。 |
![]() 国の重要伝統的建造物群保存地区は全国では61地区あり、その中で城下町は2地区、 町全体が指定されているのが、秋月の特長です。 |
![]() 町割り、屋敷割り、道路網と水路網、城館跡、武家屋敷、町屋の城下町の様子が 周辺の自然景観、田園景観と調和し、歴史的風致となっています。 |
![]() 福岡県朝倉市秋月 40名ほどの子供達が生活をしている、児童福祉施設-『古処学園』 |
![]() 『秋月郷土館』 歴史資料と美術品を公開する総合的な郷土の資料館。 |
![]() ![]() 文政2(1819)年の創業以来、山野に自生した寒根葛の根を水でさらしてつくる製法を守る老舗。 秋月葛は、奈良の吉野葛と並んで品質のよさに定評がある。 |
![]() 廣久葛本舗(十代 高木久助) 脇差は敵将の首を挙げる「兜割」だそうです |
![]() 明治6年大干ばつの為、年貢免除要求をした。筑前竹槍一揆の時の釜・鍬・刀傷跡 「葛餅」を半分ずつ食べることにしました(お腹が空いているので足しになる)。 |
![]() 九代目のおかーさんに、いろいろ説明を聞く。 本葛の原料「寒根葛の根」は30年〜50年物 |
![]() 寅さん「男はつらいよ」の28作目「寅次郎紙風船」昭和56年制作のロケ地です。 白壁のある野鳥川沿いの小道をマドンナ(音無美紀子)さんと歩いたシーンがこの場所です。 |
![]() 『目鏡橋』 秋月藩の長崎警備をきっかけに、文化7(1810)年に野鳥川に架けられた石橋。
当時の多くの石橋が安山岩や砂岩でできているのに対し、固い花崗岩を使っているのが特色。 |
![]() 大きな洪水にも壊れない丈夫な橋を架けるために、長崎から技術者を招き、オランダ風の橋を架けました。 |
![]() 目鏡橋の隣に車がよく止まるパン屋さんを見つけ、食べてみることにした。 大宰府まで一般道で行く。 |
![]() 駐車場は『九州国立博物館』のPに入れる。 玄界灘をイメージして設計された建物に初めての人は驚く。 |
![]() お正月に来て又、訪れるとは思いませんでした。 |
![]() 国立博物館から大宰府天満宮まで、長〜いエスカレーターで繋がっています。 |
![]() 『菖蒲池』 二番花が少し咲いていてよかったです |
![]() 切り取って見ればとても綺麗です |
![]() 足に水豆が出来るので処置を、心配そうに見守るYukuoさん。 |
![]() 大木の木の前にで撮ると細く見えるかな? 『楼門』と『手水舎』 |
![]() 『本殿』 京都で生まれた菅原道真は(一流の学者・政治家・文人)政略により京都から大宰府に流され、生涯を終えた。 |
![]() ![]() 大宰府天満宮のパワーをもらって帰ります |
![]() 『太鼓橋』と『心字池』 |
![]() 参道の鳥居(駅までみやげ物やが続く) |
![]() ![]() 光明禅寺が一番奥に見える |
![]() 光明禅寺近くの餅は少し大きい? 夏みかんに手が届きません(届いたら取るのかね?) |
![]() 『光明禅寺』 七、五、三の15石で“光”の字に配石した九州随一の石庭『仏光石庭(前庭)』 |
![]() 無人の箱に拝観料200円>8名分¥1600を入れるのですが、千円札と間違えて5千円札を入れるとこ? |
![]() 『一滴海之庭(裏庭)』 苔は大陸と島、白砂は水と大海を表現したという枯山水様式の庭が有名。 |
![]() 天満宮社僧の菩提寺で別名「苔寺」とも呼ばれる。 |
![]() 観光も最後になり、疲れもたまり柱にもたれゆっくり鑑賞(目をつむっていた) |
![]() 少し傾いた石仏(居眠りをしてるのか)が時を忘れさせてくれます。 |
![]() 「白砂の川の流れに蒼し苔」 高見半歩 |
![]() ![]() ちょっとした争い事で、国同士の戦争! お互い少し譲り合いの精神を持ちたいです。 |
![]() 大木のクスノキを眺め、何処で梅ヶ枝餅を買うか、みやげ物屋を回る。 |
![]() 旅の締めっくくりは「梅ヶ枝餅」・・アンを詰めている人は、店先で蚊をパチパチ叩いていて、呼び込みと間違えた人! |
![]() 17:45 レンタカーを返し、高速代¥5540を清算して空港へ・・・ちょっと疲労感がありますね! ガソリン代は27.4L¥4137(L\151)でした。 |
![]() 空港では2時間の余裕があり、食事をして最後のお土産をあれもこれもと皆さん買いました。 |
![]() あっと言うまの充実した2日間でしたね! |
![]() 福岡空港離陸 |
![]() ドリンクをもらい、音楽を聴いている間に名古屋です。 |
![]() 伊勢湾上空? |
![]() 顔が隠れるほどの土産と思い出をいっぱい詰めて、セントレアに無事到着です。 |
また体力をつけて行きましょうね!