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8:15別府温泉>R10>日田町>宇佐神宮>耶馬渓>R10>東九州自動車道>門司港IC
>九州自動車道>pm7:30博多都ホテル290km
![]() ホテルの温泉はかけ流しで良かったが、食堂の床がめくれあがっているのは頂けない。 数に限りがある無料の朝食は、海苔のないおにぎり二つと・・・質素な有難い食事と思いたい! |
![]() フェニックスを眺めながら、天気が気になりながら国東半島へ走るR10。 |
![]() 国東半島「熊野磨崖仏」を見に山の中へ分け入ったが、雪が凄くて諦め宇佐神宮へ向かった。 |
![]() 神橋を渡り境内へ いろんな屋台が並ぶ一つに、珍しい「お好みぼ〜ん」 |
![]() お囃子が聞こえてくる中、雪が強くなりフードをかぶる。 |
![]() 雪が舞う中、笛、太鼓のお囃子に舞う二人(鬼を退治する神官の舞?) |
![]() ミカン17個 じゃがりこ6個を撒くと我先に手が伸びた(下に落ちたのを、要領よく手に入れた) 私達はそれぞれミカン2個じゃがりこ1個ゲット! ミカンは神社を出る前に食べると、福が来る。 |
![]() 御神木に触れて後利益を皆が授かる。神木もやせる思いだ。 |
![]() 雪の『宇佐神宮』神宮 4万社あまりある八幡さまの総本宮 神宮の売り子さんに頼んでパチリ |
![]() 下宮でも雪は降り続き、次の目的地が心配なので、交通安全をお願いしてきた。 |
![]() 抽選おみくじ\500を買い「末賞」の箸でした。 おみくじは微妙な「小吉」 名物の「梅ケ枝餅」を買う |
![]() 宇佐神宮から耶馬渓『青の洞門』 山国川のほとりの競秀峰のすそに掘られた 菊池寛の小説「恩讐の彼方に」 人殺しの償いに、難所にトンネルを掘ろうと決意した禅海が、 ノミとツチだけで30年かけて完成させたと言う話である。 小説では禅海が殺めた子にかたき討ちをされる・・・なかなか良い話である? しかし、禅海はトンネルを有料(日本最初の有料道路)にして、優雅に暮らした。後味が悪い! |
![]() 今は車が通るトンネルになっているが、昔の素掘りのトンネルも一部残っている。 禅海達が彫った当時のノミとツチの後が残る |
![]() ![]() 観光化されていたが、気の遠くなる作業が伝わってくる。 トンネル内の明かり窓も掘ったんですね |
![]() 青の洞門から程近い羅漢寺へ行く 羅漢寺の手前にある『古羅漢』がそびえ、後ろに『羅漢寺』の山が少し見えます。 |
![]() 大分県中津市にある羅漢寺へはMasamiの希望で、リフト(片道\500)で行くことにした。 |
![]() 曹洞宗の寺院で、日本三大五百羅漢の一つ(羅漢とは、釈迦の高弟のこと) |
![]() 千体地蔵を拝み、羅漢山の中腹の岩肌にしがみつくように立つ山門をくぐる。 |
![]() 『龍の石像』 キリシタン大名からの焼き討ちからまぬがれた伝説の龍 随所が朽ち果て管理が大変そうです |
![]() 五百羅漢の中央に釈迦如来坐像が安置 「しゃもじ」で願い事をすくう(救う)「祈願しゃもじ」が打ちつけてある |
![]() ![]() 表情豊かな石仏と、堂内の霊験新たな湧水です。 |
![]() 歴史は約1300年前の大化元年(645年)にインドから来た法道仙人が開いた古刹: 洞窟を抜けたら羅漢寺の本堂が現れ、突然雪が強くなってきた。 |
![]() \300を支払、三途の川のお婆を拝み2階へ進み、自然の庭園を見に行くが、寒くて々ておられん! |
![]() 本堂2階へ上がるも耶馬溪が霞み、山麓右端に古羅漢が見える。 |
![]() 下りは歩いて行くことに・・滑らないよう慎重に急な階段を下りる。 |
![]() 室町時代(1751年)に建立された『仁王門』と『仁王像』の阿形2.2m 吽形2.45m |
![]() 左)無漏窟 右)曼荼羅石 :ここを境に山手方面は聖域。殿様も、籠を降り羅漢寺まで歩いたそうです。 |
![]() 4:30 2時間かけて夕暮れのレトロな門司港に着く |
![]() 門司港の旧駅舎は改築中 |
![]() ![]() ![]() ![]() ガス灯?が灯る港町名物「焼きカレー」を食べる |
![]() バナナのたたき売り発祥の地、バナナマンと記念写真。 |
![]() イルミネーションの博多駅に戻ってきました 後一日です |