2013年3月25日 久遠寺枝垂れ桜 



Am6:15高見>名古屋IC>新東名>新清水IC>R52>11:10〜12:09久遠寺>R52
>3:00〜3:40三保の松原>静岡IC>東名高速>名古屋IC>Pm9:10高見485Km




駐車場まで20分程渋滞(急勾配の坂道なので、発進時に後戻りするから車間に気をつける)
駐車場からはケーブルで上がれました




『日蓮聖人』を祀る久遠寺 『本堂』は明治8年の大火で焼失し、昭和60年5月に入仏落慶式。




枝垂れ桜が見え、足が速くなる。




『棲神閣』 祖師堂日蓮聖人を祀る堂閣




樹齢400年のしだれ桜が2本、1本は祖師堂の前を彩るように薄紅色に咲き誇る。 Masami撮影


 

若木の紅枝垂れが鮮やかさを添える Masami撮影



 
 本堂の天井には「にらみの龍」              『大鐘』 大鐘は寛永元年(1624年)に鋳造




お釈迦さまの教えをひろめた人物『日蓮聖人』。法華経信仰を伝え広めた。
来世ではなく現世での在り方を問い、"今をイキイキと生きること"が説かれた「法華経」




もう1本の樹齢400年は客殿の前で大きな枝を支えながら花を咲かせていました。Masami撮影




2009年5月 五重塔130年ぶりに復元。 Masami撮影




Masami撮影




日本三大門の一つに数えられる三門と、287段、高さ104mの石段。




清水市「エスパルスドリームプラザ」内の回転ずし「のぶちゃん」で昼食
叔父さんダジャレの店主の包丁さばきは見事でした。駿河湾の朝獲れのネタは新鮮!




清水マリンパーク沖には三保の松原が見える?




『社殿』に手を合わせ、神の道を少し歩き海岸へ向かった。




御穂神社から南に続く松並木の参道、通称「神の道」の先に、天女伝説の舞台「羽衣の松」。




三保の松原は、約7kmの海岸線に5万4千本の松が茂る。砂は火山灰なのか黒い。




三大松原(福井県敦賀市の気比の松原、佐賀県唐津市の虹ノ松原)のひとつです。




初代の種を受け継いだ、二代目『羽衣の松』を命名した松です。




しばらく松原を歩いて海岸へ出て、引き返す。 同じ景色であきてくるね!




別の場所を探していてやっと見つける(地図をしっかり見ればよかった)。
能「羽衣」を愛したフランスのバレリーナ、エレーヌ・ジュグラリス(1916年生)の記念碑。
彼女はあこがれの三保の松原を見ぬまま、1951年7月にパリで没した。
自分の髪を羽衣の松の近くに埋めてほしいという彼女の遺言にもとづいてこの碑が建てられました。
実際に彼女の髪が埋められています。




羽衣伝説の漁夫白龍の住家と言われている「伯良神社」??ん〜?
羽衣伝説は渡来人との関係が深い土地にあるそうで、余呉湖の羽衣伝説の方が古い伝説だそうです。




三保半島の東端に立つ『清水灯台』と『甲飛予科練之像』

 碑文によると

 「甲飛予科練」とは太平洋戦争時、海軍航空隊に入隊した甲種飛行予科練習生のことであり、
 昭和19年9清水海軍航空隊が旧制中学三年生(千数百余名)を、日夜厳しい教育と訓練に明け暮れさせた所。

 当時、学業半ばにして国難に殉ぜんと、今だ思慮分別も熟さず、心身も長じていない少年期の練習生が、
「潔く散ってこそ若桜の生きがい」と生還を期し得ない精神と技量を養成されました。

 思えば、純朴にも祖国のため何の疑念も抱く事なく、身命を捧げんとしたのであります。
愛国心に徹した人生観、青春のひととき、霊峰富士を眺める時、清水海軍航空隊がここにあり、
後世に戦争の悲惨さを伝え平和の尊さを願いながら、この碑を建立しました。


帰りは渋滞で1時間余分にかかりました